ビデオリサーチが今年3月に発表した「タレント別テレビCM 広告主数ランキング」によれば、2015年の“CM女王”は広瀬すず(19社)。ちなみに2位は山本美月(18社)、以降は有村架純(17社)、石原さとみ(17社)、綾瀬はるか(16社)と続きます。(2015年1月~12月 関東地区)

本来であればギョーカイ人だけが気にすればいいこの手のランキングが、一般の職場や学校の話題に上るようになったのは、やはりバブルのころのこと。1990年にテレビ調査会社のニホンモニターが「CM起用社数ランキング」の集計を始めたことがきっかけでした。ちなみにこの年の1位は男性がとんねるず(10社)、女性は宮沢りえ(9社)です。

しかし、こうしてランキングが公表されるようになる以前のバブル期、ひとりの伝説的なCMクイーンが存在したことは、現在ではあまり語られません。

その名は、松本孝美(まつもとたかみ)。

アイドルでもなく、歌手でも女優でもなく、活動のフィールドはほぼCMのみ。にもかかわらず、そのさわやかな笑顔は当時、多くの企業とお茶の間に愛され、いつしか彼女には”CM女王”の呼び名が与えられました。

今日はあらためて初代”CM”女王、松本孝美の魅力とその時代を振りかえってみましょう。


■4,028人から選ばれ鮮烈デビュー!
当時21才の松本は、4028人の中から見事ANAキャンペーンガールに選ばれ、CMデビューを果たします。同じ年、JALのキャンペーンガールを務めていたのは設楽りさ子(現・三浦りさ子)でした。このCMから25年後の2011年、松本は沖縄のビーチで撮影された当時の写真とともに花王ソフィーナ・ホワイトニングのCMに出演し、「あの頃は、焼いた肌じゃないとキマらないっていう時代でした!」と美白の重要性を訴えます。

[動画] 1986年 ANA BIG RESORT 沖縄 「情熱の、夏マドンナ。」
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■さわやかな笑顔を全国にふりまいた出世作
彼女の笑顔を広く知らしめたのが、一連のコカ・コーラのCMでしょう。当初はワンオブゼムの存在だった松本は、CMが新しくなるたびにメインカットにフィーチャーされるようになり、1988年のこのバージョンでは完全に主役に。このころ全国の少年少女たちは、「大人になればこんな世界(と松本孝美のようなキレイなお姉さん)が待っているんだろうなぁ、、、」という勘違いに胸をときめかせていました。

[動画] 1988年 コカ・コーラ 「I feel Coke ナイトライフ編」
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■あの名ゼリフにもつながる?「JCBしよう!」
この年、東京ディズニーランドのオフィシャルカードの地位を手に入れたJCBカードは、さっそくTVCMで大々的なアピールを開始。そこに起用されたのは松本でした。心なしか、2年後の1991年に放送されるドラマ「東京ラブストーリー」中のリカ(鈴木保奈美)の名ゼリフ「カンチ、セックスしよ!」に通じるものがあります。

[動画] 1988年 JCB「東京ディズニーランドでJCBしよう」
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■CMクイーンも「自粛」には勝てず
自動車メーカーも彼女を放っておきません。トヨタは1988年、カリーナのフルモデルチェンジにともない松本を起用します。時あたかも、TVでは連日昭和天皇の体調悪化が報じられている頃。この「生きる歓び」というキャッチコピーも、放映開始後しばらくして自粛の対象となりました。

[動画] 1988年 トヨタ カリーナ「生きる歓び」
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■ソニーの起死回生を担った“孝美ちゃんのVダンス”
ベータ vs VHSの規格抗争に敗れたソニーは1987年よりVHSデッキの発売を開始。他社に遅れての参入となった「ソニーのVHS」をアピールするために声がかかったのが、好感度抜群の松本でした。ダンスの振付けはラッキィ池田。このユーモラスな「Vダンス」編が好評で、すぐに続編の「Sダンス」編も制作されました。

[動画] 1989年 ソニー マッハドライブ
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■初代「ナオリタガール」は松本孝美だった!
何を隠そう、初めて「私はすぐにナオリタガール」と言ったのも彼女でした。彼女が映画やドラマのオファーを断り続けた理由は、このCMのセリフ回しから、うっすら感じ取ることができます。ノーシンホワイトのCMは翌1990年、帰国子女である西田ひかるに引き継がれます。

[動画] 1989年 アラクス ノーシンホワイト
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まとめ:松本孝美の活躍から、バブル期のキラキラした日本が見えてきた。


松本は同時期、このほかにもアシックス、コーセー化粧品などとも契約。まさに初代CM女王の面目躍如です。ANAで沖縄へ飛び、JCBカードで東京ディズニーランドを満喫。コカ・コーラでナイトライフをエンジョイし、頭痛になったらノーシンホワイトでナオリタガール。彼女のCM出演歴は、そのままバブル期の人々のあこがれのライフスタイルを体現したかのようです。この時代を研究するうえで、見逃すことのできない存在であることがあらためて確認できました。


お茶の間に笑顔をふりまき続けた松本は1991年、結婚を機に芸能活動をスローダウン。同じような役ばかりオファーが来ることに辟易していたそうですが、1997年、アサヒビール「ファーストレディ」のCMで共演した樹木希林に影響をうけ、以降はドラマや情報番組にも活躍の場を広げています。

最近では『Precious』(小学館)、『HERS』(光文社)『MyAge』(集英社)などのアラフィフ向け雑誌などで、そのご尊顔を拝むことができます。これからもそのさわやかな笑顔で、バブル世代に夢を与え続けてほしいですね。

(バブル時代研究家 DJGB)


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