ヒーローインタビューに答えているときが現役選手として最も輝く瞬間ならば、引退会見はまさに選手人生のクライマックス。順風満帆にそのときを迎えるケースもあれば、苦渋の選択を迫られ、やむなく退いてゆくケースもあります。役目を終えたことを自ら自覚し、ときとして後ろ髪を引かれつつも決意を胸に発する最後の一言。その重さは計り知れないものです。

 さて、そんな「オトコの引退」の中で男性が見習いたいと思う引退の仕方について調査を行ったところ、1位に選ばれたのは千代の富士の《体力の限界だと自覚》でした。1991年の5月場所、初戦となった弱冠18歳の貴花田との対戦に破れた瞬間に引退を決意し、その2日後に表明。引退会見の席で、やっとの思いで発した「体力の限界……気力も無くなり、引退することになりました」この一言に思わずもらい泣きしたファンは少なくないはず。負け知らずのウルフ、第58代横綱として一時代を築いた時代の寵児が、ようやく肩の荷を降ろした瞬間でもありました。

 そして2位には、長嶋茂雄の《我が巨人軍は永久に不滅です》がランク・イン。1974年、巨人の10連覇が消えると同時に「我が巨人軍は永久に不滅です」という名ゼリフを残し、引退を表明。チームの中心的存在として数々の偉業を成し遂げた彼の背番号3は、永久欠番とされています。

 スポーツ選手ばかりでなく、5位のビル・ゲイツ《慈善活動に時間を費やす》や、9位のイヴ・サン=ローラン 《芸術性より商業的に支配されているのに愛想が尽きた》など、実業家やデザイナーの引退表明にも票が集まったようです。さらに、野中広務元官房長官の《退路を断って闘う》や、福田康夫元総理の《あなたとは違うんです!》もランク・イン。

 中でも興味深いのは、アカデミー賞俳優のダニエル・デイ・ルイス《靴屋になるから》。役者としての輝かしい人生を歩みながらも靴屋になる夢を叶えるため、一時期俳優業を休業していたという変わった経歴の持ち主。復帰後も圧倒的な実力でアカデミー賞主演男優賞を始めとする数多くの賞を受賞。やはり彼は、どう転んでも役者だったようですね。

 引退は、必ずしも格好良いものばかりではありません。涙に暮れる場合もあれば、潔く決断できない場合もあるでしょう。しかし、そんな人間らしさもまた魅力の一つ。さて、アナタの人生を変えるような引退シーンは、この中にありましたか?