どうも服部です。昭和の動画を紐解いていくシリーズ、今回は第二次大戦終了直後と思われるドイツの首都ベルリンのカラー映像を取り上げたいと思います。

Youtubeに「BERLIN - May 14, 1945 (HD)(邦訳=1945年5月14日のベルリン)」というタイトルでアップされている映像です。ナチスドイツがソビエト(現・ロシア)軍にベルリンを包囲・攻撃され、降伏するのが1945年5月2日のことなので、タイトル通りだとすれば終戦わずか2週間後の映像となります。早速見ていきましょう。

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走行中の車からの映像のようです。元は何であったかわからないほどの残骸があります。目に入る建物は、どれもこれも破壊されているようです。映っている自動車は、瓦礫を運んでいるみたいです。ただ、壊滅的な街並みに対して、道路だけが妙に整備されているところから、もしかしてこの場面は戦後2週間の映像ではないのかなと感じます(著者個人な意見です)。

行進しているのは、ソビエト軍の兵士たちでしょうか。女性の姿もあります。

映像は再び破壊された街並みを映します。飲料水の配給のようです。順番待ちをしています。

ベルリンはレンガ造りの建物がほとんどだったことから、木造の建物が中心だった日本の住宅地が焼け野原になったのとは異なり、多くが廃虚となって残りました。積み上がった瓦礫に登る人々。建物3階から4階分ぐらいはあるのでしょうか。バケツリレー形式で瓦礫を運んでいるようです。一部ではベルトコンベアも使われているようです。



場面は切り替わり、巨大な建造物が映ります。太い柱の上には「Dem Deutschen Volke(ドイツの人々のために)」と文字が刻まれているのが見えます。何の建物かというと、ベルリンの国会議事堂のようです。下の写真はWikipediaに掲載されている「1945年6月3日撮影」の国会議事堂の写真ですが、屋根の破損具合やレリーフ、「Dem Deutschen Volke」の文字などから同一の物といえるでしょう。

Reichstag after the allied bombing of Berlin.jpg
"Reichstag after the allied bombing of Berlin" by No 5 Army Film & Photographic Unit. Hewitt (Sgt) Post-Work: User:W.wolny - This is photograph BU 8573 from the collections of the Imperial War Museums. . Licensed under パブリック・ドメイン via ウィキメディア・コモンズ.



この時代の歴史に興味がある方ならご存じかと思いますが、アドルフ・ヒトラーが1933年に首相になった直後に放火された、あの国会議事堂です。この事件をきっかけに、ヒトラーは基本的人権などの権利を停止させ、共産党を非合法化するなど、独裁体制の礎を築いていったのです。

その国会議事堂の階段を、スカートをはいた女性が1人下りてきます。「解放」を象徴したかのような場面ですが、さすがに演出されているのではないかと疑ってしまいます(これまで紹介してきた第二次大戦後の軍撮影の映像では、たびたび演出が確認されています)。

続くシーンでは、ナチスの紋章「ハーケンクロイツ(鉤十字)を掴む鷲章」の像が映し出されるのですが……、

下に貼った(※見られない場合は元記事にて)、同じく1945年の終戦後のドイツ・ミュンヘンを撮影した動画「Munich City 1945 in Colour - Old City」にもまったく同じ場面が登場しており(2:16~)、周辺の建物の状況から、どうやらミュンヘンのシーンだと考えられます。「ナチスドイツの終焉」という説明に打って付けの映像なので、無理やり入れ込んだのでしょうか。

【動画】Munich City 1945 in Colour - Old City


真新しいメッセージボードのような物が映ります。静止画から読み取るのはなかなか大変ですが、このメッセージは歴史の1ページとして残されています。「Die Erfahrungen der Geschichte besagen, daß die Hitler kommen und gehen, aber das deutsche Volk und der deutsche Staat bleibt(ヒトラーの登場によって悲惨な歴史が起こりました。しかし、それはドイツ人やドイツそのものを否定するに至るものではありません=著者訳)」。そして署名には……、

スターリン。当時のソ連最高権力者であるヨシフ・スターリンです。占領後のドイツ国民の心を掴みにかかっていたようです。再び、兵士たちの行進シーンが挟まれます。ソビエト兵なのでしょうか。



路上で食事の支度でもしているのでしょうか。女性と少年の姿が映ります。路上で呆然と座っている女性の姿もあります。余談・通説ですが、約10万人のドイツ人女性がソビエト兵による婦女暴行の犠牲になったともいわれています。

占領軍用にロシア語の交通標識も登場していたようです。真ん中の標識は「POTSDAM(ポツダム)」と書いてあります。ただ、これも終戦後2週間でここまで用意していたのかと思うと、早すぎるのではないかと感じます。



ヘルメットなどが転がっています。道路の中央分離帯には、徹底的に被害に遭ったような跡があります。何があったのでしょうか。家が崩壊したのか、荷物をカートで引いていく人々の姿があります。

ここでもまた、瓦礫のバケツリレーが行われているようです。悲痛な面持ちの初老と思われる女性がいます。お金持ちだったのでしょうか。奇麗な衣装を着た女性も作業に荷担しています。再び、道端でふさぎ込んでいるのか、それとも寝ているだけなのか、女性の姿が映ります。

壁が崩壊しただけで、間一髪の建物もあったようです(※冒頭の画像)。同じ建物がアップにされます。どうにか生活できているように見受けられます。いつ、壁がえぐり取られたのかは分かりませんが、この時が真冬でなかっただけでも幸いです。

この場面からしばらくは、上空からの映像となります。静止画では臨場感が伝わりにくいので、ここだけでも映像で見ていただきたいと思います。

再び、地上からの映像となります。ロシア語の道路標識の背後には、ほぼ壁面だけになった建物の姿が。「兵どもが夢の跡」、そんな俳句が頭をよぎるシーンが続きます。

「Wilhelmstr.(ヴィルヘルム通り)」と書かれている思われる道路標識。中央省庁が建ち並んでいた通りで、ヒトラーの総統官邸もヴィルヘルム通りにありました。

最後は、歩けないのでしょうか、カートに乗った男性を引いていく女性一行の様子が描かれます。こんな敗戦下でもたくましく生きていく人々という意味合いもあるのでしょう。

いかがでしたか? 無残なほどに破壊され尽くされたベルリンの街並みを通して、戦争の悲惨さを改めて痛感させられたのではないでしょうか。引き続き、歴史の1ページを紐解いていければと思います。



【動画】「BERLIN - May 14, 1945 (HD)=(邦訳=1945年5月14日のベルリン)」