どうも、服部です。昭和の歴史を映像をもとに紐解いていくシリーズ、今回は難しいこと抜きに楽しめる、タイムスリップを体感できる昭和20年代前半の映像を取り上げたいと思います。

今回紹介するのは、「Japan Street Scenes, late 1940s(1940代後半の日本の道路の光景=著者訳)」というタイトルの、米軍によって撮影された「車窓からの映像」です。1940年代後半ということなので、時代は昭和20年から昭和24年の間。モノクロで音声はありませんが、車窓からの風景を眺めていると、なんとなくその時代にいるかのような錯覚が味わえるかと思います。

追記:この動画に映る場所に「生まれ住んでいる」という読者の方からFacebookに情報をいただき、羽田空港に架かる東京都の橋の南端「弁天橋」から産業道路に至るまでを撮影していることが判明しました(元記事にて地図が見られます)。

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早速見ていきましょう。住宅の造りから、戦後に建てられた応急住宅(いわゆるバラック)のようです。住宅がもろに通りに面しているので、子供たちが遊ぶにも危なかっしいです。

「伊東電機商会」というお店があります。木造二階建てで、店名が左から右に書かれた戦後前の書き方なので、焼け残った建物のようです。一方でこちらは、アルファベットで店名が書かれているようです。造りからしても新築のようです。一方で、壁がはがれてしまっているような家も見受けられます。

軒先で一家総出で来客を迎えているようなおうちがあり……、自転車屋さんなのでしょうか、数台の自転車が軒先に止まっています。さらにその家の前を自転車をこいでいく少年がいます。「三角乗り(大人の自転車を子供が乗るための技術。椅子には座らずに、両足がペダルに届くようにして乗る方法)」をして乗っているようです。自転車は現在に比べ高価で(さらに自転車税というものもあったようです)、子供にはなかなか与えられなかったため、このような技術をもって大人の自転車を乗りこなす必要があったのでした。

続いては、手前に食料品のお店があり、奥には、時計店と「トチヤ理容館」というお店が連なってあります(どちらも右から左へ文字が書かれています)。お母さんと息子さんなのか、荷物を運んでいる人たちがいる後ろには「牛豚肉販売」と書いてある看板のお店が見えます。

割烹着のようなものを着た女性が歩いています。左後ろには質屋さんのようなお店が見えます。こちらの住居横には、廃材が積み上げられているようです。手前が空き地になっていることから、運良くこの家は助かったのでしょうか。赤ちゃんを抱っこしたお母さんが、この米軍の車に気付いたようで、振り返って見ています。

その後、しばし民家(?)が続いたのちに、「鮮魚販売」という看板のお店が現れ……、ラジオ、レコードを売る「ラジオ商会」があり、その奥には「魚類配給所」という看板の建物があります。ここには、少し人だかりができているようです。魚介類は昭和16年から昭和25年まで配給制となっていました。漁船の多くは戦争で軍用に転用され、さらに戦後はGHQ(占領軍)に漁業エリアをかなり制限されていたため、魚介類はなかなか手に入らない状況だったそうです。「住吉屋呉服店」と「理髪タカノ」というお店が並んだシーンで場面は切り替わります。

いかがでしたか? ここまでで、計4分ほどの動画の1分程度を切り抜いて紹介してみました。短い動画ではありますが、見る瞬間瞬間がとても貴重なので、何度繰り返し見ても飽きることなく、毎回違った発見が得られるかと思います。みなさんも、ぜひタイムスリップ感を味わいながら、昭和20年代前半の生活をいろいろと発見してみてはどうでしょうか。

(服部淳@編集ライター、脚本家)



動画「Japan Street Scenes, late 1940s」