どうも、服部です。昭和の歴史を映像をもとに紐解いていくシリーズ、今回は1943年(昭和18年)に発表された“アメリカの敵”として描かれた日本の映像をピックアップしました。

米国政府提供の「Our Enemy the Japanese(我々の敵、日本人)」というタイトルの映像です。アメリカ海軍に日本人の特性を学ばせるため制作されたようです。昭和18年というと、真珠湾攻撃から2年後のことです。

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まずは当動画のナレーターの男性が登場します。日本に10年間住んでいたそうで、日本人の本質を証言していきます(と言っています)。
※以後の文中「 」でくくっている部分は、著者がナレーションを翻訳したものです。

「日本人は地球上に生きるどの人々とも違います。何が違うかといえば、考え方です。論理の感覚が西洋人とは全く異なるのです。彼らの武器は近代的でも、考え方は2000年前と変わらぬものなのです」

昭和天皇(白馬にご騎乗)が映し出されます。天皇が軍隊を観閲されていた【観兵式】という儀式かと思われます。「7000万近くの日本人は、天皇を神だと崇めています。太陽の神、アマテラスの子孫であり、国民は日本の土地から人々までが天皇の所有物であると信じています。また、天皇が日本だけでなく、世界中を支配すべきだと信じているのです」

深々とお辞儀をする参列者たち。こちらは陸軍の幹部たち。胸に勲章がじゃらじゃらと付いています。

「日本の兵たちはとても良く鍛えられており、太古からの信仰のまま、国のために命を落とした者は神道神になれると信じています」

救護班なのでしょうか。真ん中の顎髭をたくわえスキンヘッドにした男性が、なんだか時代にマッチしていないように見えてしまうのは著者だけでしょうか。

場面は変わって、東京の街が映し出されます。「日本人は強大な軍隊を背景に、富と力と資源を手に入れ、東京を世界の首都にしようと夢を見ているのです」

都電やボンネットバスが走っています。アルファベット文字も見えることから、まだ大戦前の映像のようです。三越と書いてあります。建物からして銀座店のようです。道行く人たちの様子は、和服姿と着帽している人が多いことを除けば、現代とそれほど変わらない気がします。「日本は11年にわたり戦争状態にあり、西洋の経済学者たちは、日本の経済はすぐに崩壊すると言い続けてきましたが、どうでしょう、現在が日本史上最強なのではないでしょうか」

昭和2年開業の日本初の地下鉄、銀座線がホームに入ってきます(実際には銀座線と命名されるのは昭和28年のことで、当時は東京地下鉄道という名称)。銀座線2代目の1100形電車です。行き先表示が新橋ということから、1941年(昭和16年)以前の映像だと思われます。1941年に浅草-新橋間を運営していた東京地下鉄道と、新橋-渋谷間を運営していた東京高速鉄道が合わさり、現在の銀座線と同じ運行区間となりました。

地下鉄の改札です。ご夫婦なのでしょうか、同じようなマスクを付けている男女が出てきます(※冒頭の画像)。こんな頃からマスクをしている人がいたんですね。「日本の生み出す発明や便利さは、世界を征服したときに欧米の国にもフィットするだろうと考えているようです」

有楽町駅前にあった日本劇場(通称・日劇)です。1981年(昭和56年)に閉館し、現在は有楽町マリオンとなっています。「日本の工業は、何が今必要かをはっきり知ったようです。戦争に必要な資源です」

東京株式取引所(現・東京証券取引所)です。「日本の金融マンたちは、日本がこれから占領していくだろう植民地の資源を期待しているようです。フィリピンの金や鉄、木材、石油はインドネシアなど、前世紀的な思想で行動を起こしているのです」

こちらは日本商工会議所だそうです。「日本はこれまで科学や工業知識において西洋諸国の真似をしてきましたが、米国・英国と戦争が始まった現在、ドイツのナチ政権が彼らの手本になることでしょう」

「日本の劇場では、ナチスのプロパガンダ方式までも受け継いでいます」。そういえば、画像の左右端を見てみると、舞台左手には日の丸と ナチスのハーケンクロイツ(鉤十字)、右手にはイタリア陸軍軍旗の中央に描かれているクロスが描かれていました。さらに、劇団員たちが手にしている小道具を見てみると、日独伊の旗が記された円盤のようなものを持っています。見た目の華やかさとは裏腹な、政治色の強い演劇のようです。

新聞社内が映し出されます。十代ぐらいに見える男性の後ろに、大阪毎日新聞社主催の【世界防共展】というポスターが貼られています。松坂屋で開催されるようです。

陸軍の軍人らしきが確認作業のようなことをしています。「アメリカの偉大な日刊紙をまねしたような首都の新聞には、陸軍・海軍・警察などから承認された記事だけが掲載されます」

東京日日(毎日新聞の前身)という帽子をかぶった印刷係の男性が映ります。「記事も写真も漫画も、日本政府の方針に反するようなものは一切掲載されません。彼らの聖なる戦いについては、どんな失態も全て勝ち戦になり、いいニュースばかりです」

場所が変わって、今度はラジオ局です。こちらでは陸軍の軍人らしきがオンエア中です。「あらゆるメディアが使われ、日本が目指している計画通りに全てが進行していると言い、さらには戦果を倍、倍以上に報告し、日本国民を信じ込ませているのです」。メディアに関しては、確かにその通りだったかもしれません。

東京の中心を離れ、農村部へ移動です。

「日本の兵隊の主な供給源は、重労働と奉仕の精神で生きてきた田舎の農家の人たちです」

「彼らは夜が明ける前から、日が暮れてもしばらくは働き、重労働に耐え、禁慾主義で生活をしています。簡素な茅葺き屋根に土壁の家に住み、物を粗末にすることなく、生活用品のほとんどは彼らの手作りです。彼らが育てた穀物やコメは国が管理し、彼らが生活できるギリギリの金額で買い叩いていきます」。小作農の農家の生活は、本当に厳しいものだったんですね。

場面は町の住宅地へと移ります。「昔からの習わしで、日本には家庭サイズの工場がたくさんあり、これが日本の工業の強みでもあります」

壁には銃を持った兵隊のポスターのようなものが貼ってあります。「国家的な呼び掛けにより、人々は自国の兵隊たちに狂信的な関心を持ち、そしてその一方でアメリカを憎んでいます。日本人は、アメリカへの感謝と好意の気持ちを忘れてはいけないはず…なのにです」

「1923年(大正12年)に起きた関東大震災の時、いち早く、そして最も惜しげなく援助をしたのはアメリカだったではないですか」、と関東大震災直後と思われる映像が始まります。これだけ鮮明な映像は非常に貴重です。

「荒廃し、苦しんでいる東京へ何百万ドルというお金と、救援物資を送ったアメリカのお陰があって、日本は復興できたのではなかったのですか」。なかなかの恨み節です。

アパートなのか、立派な建物が映し出されています。「そして、現在ではこんなにも復興しています」

工場の建物から荷馬車が出てきました。「工場で働いているのは、ひっきりなしに農家から働き手としてやって来る女性たちです。戦時体制のためこうした工場で1、2年働き、結婚して陸軍だか海軍の兵士になるだろう男の子を授かるのです」

「ローマ時代の奴隷よりも長く1日に14時間ほど働き、工場でご飯と魚とお茶の質素な食事を取り、毎日を過ごしていくのです」。農村にいても、町の工場に働きに出ても、厳しい生活は変わらなかったのですね。

続いては自動車工場のようです。「真珠湾攻撃の10年ほど前(1931年ごろ)から、日本の重工業は軍事目的に集中してきました」。現在もおなじみ、ヨコハマタイヤの作業帽をかぶった従業員がいます。

再び、昭和天皇のお姿が映し出されます。そして、仏教のお坊さんたちが鐘をつきます。

大日本国防婦人会というたすきを掛けた女性たちが昭和天皇にお辞儀をしています。「日本の国教は神道です。神道は日本は神の国であるという教義の宗教です。神道の神は岩や木々、川にも宿り、そればかりか天皇陛下のために命を捧げた人の魂にまで宿るとされています」。なぜお坊さんが鐘をつくシーンを挟んじゃったんでしょうか。

神社の鳥居が映し出されます。鳥居の上部中央には3つの神社の名前が記されています。右から白崎八幡宮、金刀比羅神社、大瀧神社です。1つの鳥居に3つの神社名?と3つの名前を一緒に検索してみると、検索結果の1番上に出てきたのはWikipediaのハワイ金刀比羅神社・ハワイ太宰府天満宮でした。

記事を見てみると『大正9年(1920年)ハワイ在留邦人漁師を中心に布哇金刀比羅神社を鎮祭』、『昭和5年(1930年)8月、白崎八幡宮を、10月には大瀧神社を相殿に勧請する』と書いてあります。だから3つも名前が書かれていたのですね。現在の同鳥居の写真と比べてみると…ほぼ間違えないようです。となると、映し出されている神主さんは、時代的に真珠湾攻撃が始まるとすぐに抑留されたとWikiに記載されている第3代宮司磯部節でしょうか。

以後、この動画は子供の軍事教育についてや、戦争の悲惨なシーン、軍隊の訓練シーンなど、軍事色が強くなっていき締めくくられます。興味のある方は是非ご覧ください(※動画の14分10秒から14分40秒あたりにかけて衝撃的な場面、焼死体などが出てきますので閲覧にご注意ください)。



【動画】「Our Enemy the Japanese(我々の敵、日本人)」


(服部淳@編集ライター、脚本家)