どうも服部です。昭和の動画を紐解いていくシリーズ、今回は鹿児島県のYouTube公式チャンネル内の「なつかしの鹿児島」から、昭和34年(1959年)に制作された「就職一年生」という映像(期間限定公開)をピックアップしました。鹿児島県の中学を卒業して集団就職する青年たちにフォーカスした、とても貴重な内容となっています。

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まずは鉄道の窓から乗り出して手を振る青年たちの姿です。蒸気機関車のようで、水蒸気がモクモクと流れてきています。手を振る先には、親御さんたちがいます。集団就職に出るところなのでしょう。

この映像の主人公のひとりである、中学を卒業したばかりのジロウくんたち。親兄弟と離れ離れになってこの表情です。

話は遡り、中学3年になって「職業講話」が行われたときのようです。著者は受けた記憶がないのですが、職業とはなんであるか、どうするべきかを教わる進路学習だそう。受けていたとしても、遠い先の話のように考えていたでしょうね。

しかし、当時の中学生にとっては目前に控えたことで、この真剣な表情。文部科学省の資料によると、昭和33年の高校進学率は鹿児島県が全国で一番低く、43.4%と、約6割が中卒で就職などをしていました。

中学校でも就職に備えて訓練が行われていて、ストップウォッチを構える先生が見ているのは、手先が器用に使えるかを見る「手腕作業検査」をしているところだそうです。穴に挿さっている棒を別の穴に次々と素早く挿し替えていきます(現在でも行われているのですね)。

「職業相談室」という部屋も用意され、親子面談が行われていました。こちらは順番を不安そうに待つ親子たち。

そしていよいよ、「集団求人選考場」と門札が掲げられた部屋で、学力診断の筆記テストが行われます。

幾日かが経ち、「就職決定者氏名」が張り出されました。就職先と就業者の名前が記されているようです。

生徒たちは安堵の表情。お気づきとは思いますが、就職先には一切コンタクトせずに就業が決まっています。学校と職業安定所にすべておまかせだったのです。ジロウくんは大阪に、仲良しのハルオくんやミヨコさんは名古屋の職場に決まりました。

ジロウくんの自宅だそう。茅葺屋根に囲炉裏がある昔ながらの日本家屋です。集団就職を受け入れる職場によっては、就業するにあたって必要となる「支度金」を支給してくれるところもあったようですが、ジロウくんの職場はそうではないよう。お父さんは「支度金」の工面に困っているそうです。

妹さんでしょうか、こうして兄弟一緒に寝れるのもあとわずかです。

支度金は、役場で貸付をしていると知り、訪れるお父さん。県は違いますが、山梨県にも同じような条例があり、6ヵ月間無利子で貸出してもらえたようです。1963年(昭和38年)に伊藤博文の肖像の千円札が登場する前の、聖徳太子の千円札を3枚受け取ることができました。【国家公務員の初任給の変遷】によると昭和34年の国家公務員(高卒程度)の初任給は6700円ですので、結構な金額です。

出発の日がやって来ました。鹿児島県知事からの贈る言葉に、万歳三唱やブラスバンドの演奏があり、お別れの紙テープが投げられ、泣き出す親御さんがいたりと、大賑わいで集団就職の青年たちは送り出されていきます。

そして、冒頭の場面に時が追いつきます。投げ込まれた紙テープを片付けるシーンは、新しい生活へと気持ちを切り替えた決意のあらわれのようにも見えます。

名古屋での就職となるミヨコさんは、寂しさからか人形をずっと見つめています。

いつまでも悲しんではいられません。日が暮れる頃には、初めて会う子供たちとも仲良く遊ぶようになっていました。そして、ぐっすり。

夜が明けました。牽引車は蒸気機関車ではなく電車に替わっています。ようやく大阪に到着です。昭和33年頃だと急行で18時間30分ほどかかったようです。

大阪で降りたジロウくんは、名古屋へ行くハルオくんたちとはお別れ。名古屋へはあと3時間30分ほどかかったようです。ほぼ丸1日です。

初日は「鹿児島県阪神地区宿泊所」にて宿泊。18時間も椅子席に座ってきて、みんなぐったりしているように見えます。その翌日、職業安定所でようやく雇い主とご対面です。ジロウくんの就職先はクリーニング店でした。従業員の多い、大型店のようですね。

最初の仕事は雑用や配達、そして電話番もするのですが、いきなりの早口の大阪弁にジロウくんは応対ができません。先輩職員に代わってもらう始末。やがて電話が鳴ると耳を塞いでしまうほどの電話恐怖症となってしまいます。それを見ていた雇い主は、鹿児島県の「労務連絡事務所」へ相談しに訪れます。ジロウくん、大丈夫でしょうか?

一方、名古屋へ行ったハルオくんは、鉄橋などを作る大きな工場に就職しました。ぼんやりしていて、先輩から注意されてしまいます。

職場の寮では、2段ベッドの下段で寝ているハルオくん。仕事の夢にうなされて大声を出し、上段で寝ている同僚を起こしてしまいます。

同じく名古屋のミヨコさんは、紡績工場に就職しました。同僚から給料が入ったら遊びに行こうと誘われると、ミヨコさんは塞いで部屋を出ていってしまい、鉄道の中でも見つめていた人形を持って外に出ます。給料をもらっても嬉しそうではないミヨコさん。どうやらもらった給料はすべて親へ仕送りしているのだそう。

と、そこへミヨコさんに手紙が届きます。お母さんが働きに出ることになったので、仕送りはしなくてもいいという知らせでした。表情が一気に明るくなるミヨコさん。就職して初めて、社内貯金にお金を預けることができました。

場所は再び大阪に戻ります。鹿児島県の「労務連絡事務所」から派遣された男性が、何やら探しています。後ろには和菓子の「ねぼけ堂」の看板も見えます。男性が向かったのは、ジロウくんの働くお店でした。鹿児島弁でクリーニングを注文します。久々に地元の言葉を聞いて嬉しくなったのでしょう、ジロウくんは元気を取り戻します。

最後は、就職って楽しいんだよという意図なのでしょうか、クリーニング店の配達自転車が集まって併走するシーンをもって映像は終わります。



職安が監修していることもあり、ジロウくんたちの職場は好環境に描かれていますが、実際には低収入で長時間労働など作業環境の悪いことも多かった中卒者たちの集団就職。1960年代後半より高校進学率が上昇すると減衰していき、1977年(昭和52年)には労働省(現・厚生労働省)は集団就職を完全に廃止しました。

(服部淳@編集ライター、脚本家)



【動画】就職一年生(昭和34年制作)