みなさんは“怖い絵を描く女性画家には美女が多い”という説をご存知ですか? 日本人では、“美しすぎる日本画家”と称される事も多い、松井冬子さんも有名ですね。

日本画の古典的な技法を用いて、臓物や脳を露出した美しい女性や狂気を帯びた瞳の少女、幽霊や死、執念や精神的な痛みを幻想的に描いた彼女の作風は、禍々しく腐臭に満ちているはずのモチーフにも関わらず、まるで明け方に見る霧がかった夢のようで、ある種の人々に不思議な癒しと安息をもたらします。

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現代のオカルト系作風の美人画家にも興味を惹かれますが、20世紀前半のシュール・レアリズム全盛期に活躍したアーティストは、よりいっそう神秘的で想像力を掻き立てられます。まだカラー映像やカラー写真が普及していなかったことや、大きな戦争が立て続けにが勃発した暗い時代背景もあり、彼女たちの美しさや絵の世界観にも、独特の影のフィルターがかかり、凄みを増して見えるのかもしれません。

今回は、そんな激動の時代から近年まで活躍した、魔術的世界観が特徴の画家であり、小説家、彫刻家としても高い評価を得た多才な美女、レオノーラ・キャリントンの魅力を、彼女と彼女を取り巻く美しき画家達の“怖い絵”とともにご紹介します。

レオノーラ・キャリントンは、1917年にイギリス、ランカシャーで、裕福な実業家の父と、医師の娘である母親の間に生まれました。そして、時代は第一次世界大戦を経た恐怖の反動として、娯楽、芸術、文化の軽快さが色濃く浮き出た“狂騒の20年代”に突入します。そんな時代に多感な子供時代を過ごし、アイルランド出身の母親からケルトの神話や妖精物語を聞き、影響を受けながら育ちます。

キャリントンの少女時代は、多くの芸術家にありがちな事ですが、集団生活になじむ事ができない孤独なものでした。彼女は反抗的だという理由で、2つの学校を退校処分になります。時代背景的にも『ライ麦畑でつかまえて』のホールデン・コールフィールドを思わせるエピソードで、繊細で屈折した内面を想像してしまいます。そんな現実世界に溶け込めない鬱屈した青春時代の中で、神話や妖精の世界の存在を生涯信じ続けた、オカルトに惹きつけられる性質を育んでゆきます。

それでも彼女は17歳で社交界デビューし、パリのフィニシング・スクールに通うなど、上流階級の令嬢らしい道を歩みかけます。しかし本人は画家を志しており、厳格な父親の反対を押し切りロンドンのチェルシー美術学校に進み、その後フランスの画家・美術評論家のアメデ・オザンファンが設立したオザンファン美術学校に通います。

1936年、19歳で、ロンドンで開催された国際シュールレアリスト展で、ドイツ人画家・彫刻家マックス・エルンストの作品『ナイチンゲールに脅かされる二人の子供』に感銘を受け、シュールレアリスムの画家を志します。 そして、1937年には、ロンドンで、当時46歳のマックス・エルンストと運命の出会いを果たし、瞬く間に恋に落ちます。当時マックス・エルンストは既婚者でしたが、妻と離婚し、パリでキャリントンと暮らし始めます。その頃、キャリントンは短編小説『恐怖の館』と『卵型の貴婦人』を執筆し、エルンストが挿し絵をつけ、出版されました。

パリに移り住んだキャリントンは、サルバドール・ダリ、パブロ・ピカソ、アンドレ・ブルトンなど、超一流の芸術家と交流を持つようになり多大な影響を受けます。 シュルレアリスト・グループに出入りする、若く美しく育ちが良く、芸術的才能にあふれたミステリアスな20歳の娘は、アーティスト達に歓迎され、可愛がられていた事が容易に想像できます。

そんな彼女が、天才芸術家達のミューズのような立場であったことが伺える写真が残されています。左は恋人であるエルンスト、右は詩人のポール・エリュアール……。年上の著名な芸術家に囲まれ、まるで女王様のような余裕の表情のキャリントン、若き傲慢さが眩しい一枚です。(画像は元記事参照)

しかし、豊かで文化的刺激にあふれた幸せな日々は長く続かず、第二次大戦が勃発。フランスの敵国であるドイツの国籍を持つエルンストは、ミルの強制収容所へと送られ、抑留されました(その後、友人の働きかけにより釈放)。キャリントンはスペインへ逃れますが、繊細な神経を持つ彼女は重度の神経症を患い、精神病院に入院します。

キャリントンは精神病院を退院すると、スペインからモロッコへ、さらにリスボン経由で、メキシコ大使館に逃げ込み、1941年、メキシコ人外交官レナト・レドックと結婚をします。この結婚は亡命のための偽装と言われています。 その後、ニューヨークに渡って、シュルレアリスト・グループと再会を果たしますが、元恋人のエルンストは、1年の間に、エルンストの作品を大量に購入し収集していた裕福な現代絵画のコレクター、ペギー・グッゲンハイムと結婚をしていました。(画像は元記事参照)

お互い別の人生を歩み始めたキャリントンとエルンストは復縁することはせず、友人関係となります。そしてキャリントンはシュルレアリスム雑誌『VVV』にドローイングや小説を寄稿し評価を得る一方で、絵画、版画、タピストリー、彫刻と、多方面への才能を発揮します。

1942年にはメキシコシティに亡命し、ハンガリー人写真家のエメリコ・ヴァイズと再婚、2人の息子をもうけます。

ここまででも充分波乱万丈な人生ですが、1942年当時レオノーラは25歳。激動の時代背景の影響もあり、あまりにも濃すぎた20代前半ですね。

ちなみに、ペギー・グッゲンハイムと離婚したエルンストと交際したのは、やはりシュールレアリスムの画家であるドロテア・タニングと言われています。 下記の絵画『少女と死』はドロテア・タニングの作品です。童話の挿絵のように幻想的なのに恐ろしく不吉な作風はキャリントンにも通ずる特徴です。そして、上記の顔写真でも一目瞭然ですが、気品と健康的な愛らしさを併せ持つ正統派美女でもあります。(画像は元記事参照)

冒頭でもご紹介した“怖い絵を描く女は美しい”という法則が、ここでも成り立ってしまいました。エルンストは根っから“怖いシュールな絵に惹かれる美女”が好みのようですね。今で言うところの、不思議ちゃん系美大お嬢様、といったところでしょうか?

1950年代にキャリントンは、よりいっそう、神秘主義やオカルトにのめり込んでいきます。その頃ともに行動していた同性の親友が、レメディオス・ヴァロです。彼女も例に漏れず美女で、不安を滲ませた“怖い絵”を描くシュールレアリスム画家です。

上記の写真ではかわいい猫を抱いた麗しい貴婦人に見えますが、彼女の描く絵には、見る者の脳の不安を司る部分を羽毛でそっと擽るような、快とも不快ともつかない奇妙な感覚をもたらす、中毒性の高いシュールさがあります。(画像は元記事参照)

キャリントンはヴァロとともに、神秘主義的、魔術的な新しい絵画のスタイルを創造しようとします。当時書かれた小説『耳ラッパ』の中に登場する主人公はキャリントンがモデルで、親友はヴァロがモデルと言われています。「70歳以下 の人間と7歳以上の人間を信用してはだめよ。猫でもないかぎりね」という一説は有名ですが、作品の中にたびたび猫が登場するヴァロの作風を連想させます。

キャリントンはその後も精力的に創作活動を続け、若くして精神病院に入院するような芸術家肌の美女の通例に反して、2011年に肺炎で死去するまで、94歳の天寿を全うします。

上流階級の家に生まれた美しい女性にも関わらず、集団生活に馴染めず立て続けに退学になり、美術を志す。芸術的才能に恵まれ、世界的に有名なアーティスト達のミューズとなる。いくつかの波乱を経て20代の若さで精神病院に入院。同じく美人アーティストである同性の親友と神秘主義にハマる……。嘘くさく感じるほど典型的な破滅型で、早すぎる死を迎えるフラグがビンビンに立っています。

ロダンの愛人のカミーユ・クローデルや、小説家のスコット・フィッツジェラルドの妻ゼルダ、もしくはフィッツジェラルドの小説に登場する美女達や、60年代、アンディ・ウォーホルのミューズとして彼のファクトリーに君臨した美女 イーディ・セジウィック などなど、美人薄命を地で行く破滅型の人生を送った女性たちと酷似した特徴を持つにも関わらず、2人の息子に恵まれ94歳まで長生きをしたキャリントン。彼女のようなご長寿タイプと、若く美しい時代にだけ咲き誇り生き急ぐように散っていった芸術家のミューズたちの違いは、一体どんなところにあるのでしょうか?

長生きには様々な遺伝的な要素が関わっているのはもちろんですが、神経症を患いながらも人並み以上に長寿だった要因のひとつとして、“精力的すぎる創作意欲”があげられるのではないでしょうか?

そして、その過剰な創作意欲に見合うだけの肉体と生命力、神経症を患うほど特殊な過剰さを持ちながら、ギリギリのバランスで現世に踏みとどまることができる脳を持ち、肉体と精神と才能、そして環境が、危ういながらも絶妙なバランスを保っていた、稀有の天才であったのかもしれません。

さらに、彼女自身が嫌った“上流階級育ち”で染みついた立ち居振る舞いなど、俗世間との細い繋がりも、バランスの一端を担っていたのかもしれません。もちろん、2人の息子も、彼女の寿命に大きな影響を与えた存在であることでしょう。

晩年の彼女は、若さは失ってはいるものの、まるで彼女の信じ続けた妖精の世界の住人のように生活感の薄い銀髪の老婦人で、今にも自らの絵の世界に溶け込んでしまいそうに見えます。(画像は元記事参照)

かつてNHK『みんなのうた』で放映され“トラウマになる怖い童謡”としても有名になった『メトロポリタン美術館』の歌詞のように、2011年のメキシコで94歳の生涯を閉じた妖精は、”大好きな絵の中”に吸い込まれ、今でもひっそりと閉じ込められている……そう思えてしまうほど神秘的な、 どこか遠い世界を見つめるような眼差しが印象的です。



【参考】

※ レオノーラ・キャリントン (フェミニズム・アート) - 野中 雅代 (著) - 彩樹社


(星野小春)