いま最もチケットが取れないと言われているジャニーズのアイドルグループ嵐。

新聞のテレビ欄には連日のように「嵐」の文字やメンバーの名前が並び、グループのみならず個人でもレギュラー番組を持つ。バラエティ、俳優、キャスターetc…と目覚ましい活躍ぶりだ。

テレビCMもJAL、日産自動車、日立といったナショナルクライアントが多く、人気と信頼を得ているなによりの証拠である。ファンの数も桁違いと言われ、ファンクラブの会員ナンバーも通し番号で130万を超えるとか。

今年でデビュー15周年を迎えたが、色褪せることなく勢いを増していく嵐。今年9月にはデビュー発表の地であるハワイで15周年記念ライブ『ARASHI BLAST in Hawaii』を開催。その様子をNHKが密着取材し、先日『嵐 15年目の告白 ~LIVE&DOCUMENT~』が放送された。


■ハワイでの経済効果22億円!すごすぎる嵐

公演初日2014年9月19日は「ARASHI DAY」としてハワイ州より正式に発表され、嵐マークのフラッグやトロリーバスが走るなど街が嵐色に染まったハワイ。しかも2日間で3万人を動員し、ハワイ史上最大級の規模だったというその経済効果はなんと22億円。海を越えてハワイもジャックしちゃう嵐。恐ろしいグループである。

「僕の中でハワイのライブはその途中に一瞬みんなで立ち寄った場所、みたいなイメージだったんですね。旅の途中だし、だからヘリなんですよ。」

嵐のコンサート演出を手がける松本潤は、今回のハワイ公演のコンセプトをこう語った。15周年を「旅の途中」に例えてヘリコプターから登場した。ハワイでのこだわりはこれだけではない。野外のステージ、そしてハワイならではの美しい夕焼けをも演出に取り入れた。アコースティックアレンジをした楽曲を、夕焼けのタイミングに合わせそうだ。嵐に限らずジャニーズのコンサートを何度でも見たいと思うのは、計算しつくされた演出もその理由の一つである。


■順風満帆ではなかった嵐…ブレイクのきっかけは?

いまでは爆発的な人気を誇る嵐だが、実はデビューから3年が経過しても、いまひとつブレイクの兆しがみえなかったという。メンバーは当時、嵐のこれからのことを語り合って夜を明かし、現場で眠気に襲われたこともあったそうだ。苦悩の時代をどうやって乗り越えてきたのだろうか。

人気の手応えを感じるまでに7年という時間を要した嵐。上をみればSMAPやKinKi Kidsなどヒット曲を飛ばす先輩たちがいて、後輩にはJr.時代から人気を博しているタッキー&翼、NEWS、KAT-TUNが。また関西ジャニーズJr.からは初のグループ、関ジャニ∞が名を連ねていた。焦りが全くなかったわけではないだろう。

グループでの地道な活動、そしてドラマやバラエティでの活躍が注目されはじめると共に人気が高まり、2006年には初の海外ツアーを成功させた。2008年には7万人の観客を動員した国立競技場での単独ライブを開催。以降6年連続で国立競技場でのライブを行ってきた。翌2009年にはアルバムで初のミリオンセラー、デビュー10周年にして紅白歌合戦に初出場も果たした。

ブレイクの早さでいえば、遅い方に入るかもしれない。しかしどんな人気グループでも4〜5万人規模のドームクラスはできても、7万人規模の国立競技場でのライブとなるとかなりハードルがあがる。それを定期的に行えるというのは、国内でもほんの一握りのアーティストに限られる。


■笑顔の裏にある、並々ならぬプロ意識

実はこのハワイ公演の本番中、二宮は腰を負傷した。肉離れを起こし、足にはしびれが出ていたという。次に控える演出は高いジャンプが見せ場だった。しかし着替えのタイミングで急遽演出を変更し、静かにリフトアップする演出に切り替えた。歌って踊るという激しいパフォーマンスが見どころのジャニーズ。どんなことにも臨機応変に対応できるのは、Jr.時代からの鍛錬の賜物であろう。

二宮はこうコメントした。
「自分たちが何かをするときにお金をいただくのは、僕はこの時間にお金を払ってもらってると思ってるから。その時間を自分たちが預かっているときに、自分の理由でクオリティを下げることは許されないと思っている。ハワイに来て腰が痛いから動けませんって言われたらすごく嫌だもんね。お金返して欲しいって思っちゃうし」

ステージ場で苦しい表情をみせたのは、スポットライトが落ちた瞬間のみ。このものすごいプロ意識は、若い頃あるきっかけで培ったものだという。メンバーで現状を打破をするにはどうすればいいかを語り合った際に、「下克上を起こすしかない」というメンバーに対して、珍しく反発したリーダー大野の言葉が刺さったという。「今目の前にあることを頑張れないやつが何を頑張れんだ」この言葉がいまでも活動のベースになっているという。

上から押し付けられたものでもなく、メンバー間でそして自分で気がつけたからこそ心に深く刻まれたものであろう。「熱血教師みたい」と笑いあっていたが、その言葉があったからこそと二宮は力強く語った。


■アイドルの王道を突き進む嵐

15年前、何も知らされずハワイ行きだけを告げられたメンバーたち。相葉雅紀に至っては、出発の三日前にパスポートをもっているかどうかを聞かれ、「持っている」と答えたからハワイ行きが決定したというすごい運の持ち主。その一方で大野、櫻井、二宮はデビュー当時はさほどやる気がなかったという。それは単なる怠慢ではなく、先の見えない漠然とした不安があったと別の番組で明かした。

SMAPのように木村や中居といったデビュー当時から突出したタレントがいたわけでもなく、TOKIOのように楽器やバラエティで独自の路線を開拓したのでもなく、歌とダンスを主軸に「アイドルの王道」を時間をかけて5人が足並みを揃えて歩んできた。

番組ではこんなナレーションが流れた

『15年間互いに信頼し、互いに支え合ってきた嵐。いま目の前にあることを一生懸命頑張る。5人が当たり前に繰り返してきたその結果が今につながっています。 素直でまっすぐな生き方こそが彼らの魅力。アイドルとして輝き続ける理由なのです。』

年数を重ねたからといってブレイクする保障もなく、反対に若いうちにブレイクしてもその人気が継続する保障もなく、タレント性や番組、作品、楽曲に恵まれることも大きく左右する。時代の風潮や運もあるだろう。しかしブレイクするまでの7年、腐らずに目の前のことに向き合い、試行錯誤をしながらきっちりと仕事をこなしてきた。


「ゆっくりでもさ、遠回りしてもさ、止まんないように5人で歩いていけるのが一番嬉しいな。いま遠回りしてもいいかもしれない」と相葉。「次の一手ですな」と返した松本。

「リアルガチでこの(撮影の)あと5人だけでご飯じゃないですか、ちょっと次の話もしてみますかね」やさしくほほえみながら、何かを企むような表情を浮かべて語った櫻井。 普段から自然と話し合いの場がもたらされている様子が見て取れた。

「話し合いが足りなかった」メンバーの脱退を経験したグループからは、こんな言葉を耳にする。もちろんそれは結果論であり、仮に定期的に話し合いの場を持っていたからといって回避できたとも限らないが、嵐にとってはこの話し合いの場が自然ともたらされてきたことで、その都度問題をクリアにしてきたようだ。この自然な姿こそが、三位一体ならぬ五位一体と呼ばれる所以であろう。

「次の一手」が猛烈に気になるが、それは今後の活動を通して見せていただき、20周年の時にでもその当時の話し合いの様子を聞かせて欲しいと思う。


今年の年末も、5年連続5度目となるNHK紅白歌合戦の司会、そして単独の5大ドームツアーも控え、多忙を極める嵐。一歩一歩踏み固めるように進んできた彼らのうしろに沢山のファンがいるのも納得だ。



(柚月裕実)