どうも服部です。昭和の動画を紐解いていくシリーズ、今回は昭和21年に撮影された日本の農業を紹介する映像を取り上げました。米軍の戦略爆撃調査団が日本各地の戦争被害を撮影したフィルムに含まれていた、農業に関する映像を寄せ集めて編集したものだと思われます。

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映像にナレーションはありませんが、「US National Archives(アメリカ国立公文書記録管理局)」の元記事に掲載されている撮影メモによると、大分県別府近郊のようです。段々畑が映しだされ、畑を耕す女性の姿が捉えられます。

全編を通して、とても鮮やかなカラー映像となっています。

担い桶をかついでくる女性の姿。桶に何が入っているかといえば……肥料(下肥)です。撮影メモによると、小川の近くに運んで、汲んだ水で肥料を薄めているのだそう。

こちらは麦踏みをしているところ。根張りを良くし、麦が伸びすぎないようにするために行います。



ここでカチンコが入ります。カメラマンは、このシリーズではおなじみ映画監督兼カメラマンの三村明氏(海外名:ハリー三村)。日付は2月25日、場所はTAKAIということがわかります。三村氏は同年3月12日には、広島県の大竹港で撮影をしているので、その周辺でしょうか。

取材メモによると、中流農家の家屋で左側の緑の屋根は蔵だそう。蔵だけをアップで捉えています。こっちの方が立派そうにも見えます。



場面は変わり、山から煙のようなものが上がっています。山の斜面にくわを入れているシーンを挟み……、まだ煙立つ山肌。野焼きをしていたように見えます。

荷車で材木を運んでいる人たちの姿もあります。

山のすぐ下には、エメラルドブルーの海と白砂のビーチが。どこぞの南の島かと思いきや、海軍の造船所があり軍港でもあった広島県の呉の近郊だそう。

手前でくわを入れていた女性は、カメラが向けられていることに気づくと、背を向けてしまいます。



カチンコが入り、読みにくいですがMIZUSHIMA(水島)のようです。日付は4月18日。

ズラリと立ち並ぶ建物の前には麦でしょうか、畑ができています。撮影メモによると「飛行機工場に務める工員たちの社宅」だった建物とのこと。水島には三菱重工業の航空機製作所があったので、その社宅だったところでしょう。1945年(昭和20年)6月22日の空襲によって、主要工場は全壊したようです。

映像の4:55あたりから50秒ほど、鉄道の車窓からの景色が続きます。そういう場面ばかり収めているのでしょうが、ひたすら田畑が捉えられています。

車窓からの眺めが終わると、MAIZURU(舞鶴)と読めるカチンコを挟みます。撮影メモによると「舞鶴の西を流れる由良川の北」あたりとのこと。

帽子を被った男性が、カメラのほうに歩いてきます。のどかな光景です。男性が歩いていた道路から、カメラがゆっくりと右に回転していくと、田植えをしている様子を捉えます。石でも見つけたのか、女の子(?)がそれをポーンと放り出します。お母さんと3人兄弟という組み合わせでしょうか。一番小さい、オカッパの子は小学生ぐらいに見えます。

カメラは同じ場所からの撮影だと思いますが、グングンとズームしていきます。70年前のカメラで、こんなにもズームができたんですね。



ここでまたカチンコ。ロケーションは舞鶴のままです。背後の景色が美しい。

こちらでも田植えが行われています。水面に姿が映って絵画のようです。お母さんがカメラに向かってニンマリとポーズ。



続いてはOSAKA(大阪)のカチンコ。日付は1946年6月4日。撮影メモによると「大阪から奈良に向かう主要道」とのことで、旧国道308号線でしょうか。脱穀(実を茎からはずす)した麦を道路の真ん中に撒いているところだそうです。一人の女性が箕(竹などを編んだザルのようなもの)を使ってくずを除いています。もう一人はホウキではいています。

そこへ米軍のトラックがやって来て、撒いた麦の上を通過していきます。カメラマンから動作を続けてとお願いされたのか、箕を持った女性は笑顔でうなずき、箕を振り始めます。

そしてまた、米軍トラックがやって来ます。実はこれ、トラックに麦を踏ませることで、皮をはがし、実を取り出しているのだとか。よく考えつきましたね。



TSU(津)と書いてあるカチンコ。撮影メモによると「津へ向かう道沿いにて」というロケーションのようです。日付は読みにくいですが「6 JUNE 46(1946年6月6日)」と書いてあります。

道路脇で作業をしています。千歯扱(せんばこき)を使って脱穀しているところのようです。脱穀したものを、今度は農具で叩いていきます。先ほどの米軍トラックにやらせていたのと同じ作業ですね。

ムシロを畳んでからカメラに向かって見せる女性の笑顔がとても優しげです(※冒頭の画像)。



たんたんと農村風景を捉えていくだけの内容でしたが、鮮明なカラーで終戦直後の農家の暮らしを垣間見ることができ、また人々の柔らかな表情にも出会え、とても貴重な映像でした。引き続き、歴史の1ページを紐解いていければと思います。

(服部淳@編集ライター、脚本家)