どうも服部です。昭和時代をさまざまな形で振り返っていくシリーズ記事、今回はこの記事を配信する43年前、1973年(昭和48年)4月24日に起きた異常事態(首都圏国電暴動)について取り上げます。

冒頭の画像は、暴動が起きた翌日、4月25日の朝日新聞(東京版)の朝刊一面です。『乗客の怒り「順法」つぶす』という見出しの下には、赤羽駅(東京都)で乗客によって放火された京浜東北線の車両の写真が掲載されています。

「26駅で破壊・占拠」という、恐ろしいほどの被害状況を伝える見出しがありますが、同日の夕刊では「破壊・放火は38駅に」とさらに増えていました。こんなにも大騒動だったにもかかわらず、後世に語られることがあまりにも少ないこの事件、いったい何が原因で、このような事態になったのでしょうか。

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■「順法闘争」で乗客のイライラはマックスに

背景にあったのは、昭和39年度(1964年)に赤字を出して以来、財政赤字が膨らむ一方でコスト削減をしたい国鉄当局側と、安全確保を面目に運転手の「二人乗務」を要求(人員増)する労働組合との対立にありました(その他にも労組側の要求はもろもろありましたが、ここでは割愛)。

公共企業体(準公務員)である国鉄職員は、法律でストライキをする権利が禁じられていたことで、労働組合側は対抗手段として「順法闘争(じゅんぽうとうそう)」を1978年(昭和48年)3月5日より始めていました。

「順法闘争(略して「順法」とも)」とは何かというと、「人命尊重、運転保安確保」を旗印に、全線区での2、3割減速や危険と思われる踏切では一旦停止するなど、(法に従いつつも)あえてダイヤを乱すための行いでした。ダイヤが乱れれば国鉄当局側の収入減につながるわけで、組合側の要求を受け入れさせるための(乗客無視の)戦術だったのです。

国鉄当局はそれでも組合の要求は受け入れず、当然のようにダイヤは遅延に次ぐ遅延、混雑が過ぎて乗車できない人も数限りなく、乗客たちの鬱憤は募っていくばかりでした。

3月12日の国鉄調べによると、首都圏で162本が運休、1207本が最高1時間10分の遅れで55万人に影響したとのこと。混雑で電車とホームの間に足を落とすなど、けが人も続出しました。



■そんな中で起きた高崎線上尾事件

「順法」開始より8日目(日曜の3月11日には行われず)の3月13日、乗客たちの怒りが、とうとう爆発しました。

午前7時25分ごろ、高崎線の上尾駅(埼玉県)に上野駅行き上り列車(この日の一番列車)が2本が到着すると、待ちわびていた乗客がなだれ込みました。しかし、ドアが閉まらないほどの混雑のため、同駅は両列車とも2つ先の大宮駅(埼玉県)で終点とする旨のアナウンスをすると、朝から一番電車を待っていた6000人ほどの客が騒ぎ出し、駅長室に詰め寄ったり、運転手を引きずり出したりと大暴れ。列車の窓が割られたり、駅の電話線が切られるなどで、高崎線は午後7時まで運休、逮捕者7人を出す騒動となりました。

それでも国鉄当局と労働組合は歩み寄らず、「順法」は首都圏では上尾事件をきっかけに緩められたものの全国的には続けられ、3月17日には半日ストライキ(全面ストではなく、平日の5割程度の運行)を決行。

3月20日には24時間ストライキを予定していましたが、(さすがに)世論を考慮し中止、組合は1ヵ月の“休戦”を決断しました。



■そして再び「順法」開始

そして翌月、1973年(昭和48年)4月24日から再び「順法」が開始されることになりました。4月27日には国鉄・私鉄とも全面ストライキを予定しているなど、乗客にとって再びうんざりする日々が到来しました。

1ヵ月ほど前の鬱憤は、ずっとくすぶっていました。開始当日に、それは爆発します。

午後4時半頃には大宮駅で高崎線が1時間以上来ないことに腹を立てた乗客らが駅長室を占拠。この騒動はいったん納まるものの、午後8時過ぎには上野駅で運転手がなかなか来ないことに乗客が激怒、遅れてやってきた運転手を小突いたり、列車の窓を割るなどの騒動に。乗務員室から持ち出した発煙筒を焚く人まで現れたそう。赤羽駅では下り列車が運行停止したことに怒った乗客が約1000人が線路を歩き出し、残った乗客も乗務員室の窓や列車の窓を割り、さらには列車を放火するまでにエスカレート。その他、多くの駅で乗客が駅長室を占拠するなど、冒頭にも紹介したように38の駅が破壊・放火を含む被害に遭うという、同時多発的大暴動となりました。

国鉄の報告によると、被害総額は9億6000万円、うち半額近くはコンピューターなど電気機械設備の被害によるものだそうです。



40年ほど前に起きたこの事件を取り上げてみましたが、いかがでしたか。今の時代では考えられない「順法」という行為を国鉄がやり、暴動という形で報復した乗客たち。再びこのような事態が起こらないことを願うばかりです。引き続き、歴史の1ページを紐解いていければと思います。

(服部淳@編集ライター、脚本家)

※参考文献 ・朝日新聞縮刷版 ・毎日新聞縮刷版 ・読売新聞縮刷版