どうも服部です。昭和の動画を紐解いていくシリーズ、今回はYouTubeに投稿されていた1946年(昭和21年)の日本を撮影したモノクロ映像を取り上げました。早速見ていきましょう。

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YouTubeの説明文には「横浜」と書いてあります。空襲による瓦礫が残る土地を、女性たちが耕しているようです。子供たちはカメラが気になる様子。

カメラを向けられ、耕す動作を促されたのでしょう、手前の女性が立ち上がり作業を始めると、役を免れた方の女性は楽しそうに見物。

こちらは、たらいで洗濯をしているようです。お湯なのか、湯気が出ているように見えます。女性の左側にある、鉄瓶のようなもので沸かしたのでしょう。

部屋の中を案内してくれている男性。電球を点灯してにっこり。板を積み上げただけの仮設住宅のようです。



白い袋を山積みした大八車が登場。食料の配給のようですね。

こちらは配給を受け取りに来た人々。

じょうごを使って一家庭分に小分けしています。見たところ小麦粉のようです。



場面は切り替わり、人々で賑わうエリアを高所から捉えています。「各種食料品」という看板も見えます。闇市のようです。

商品が並べられた机を取り囲む人たち。米兵の姿もあります。右側の机の上には草履のようなものが並べられています。

手前の露店では番傘のようなものが売られています。

ご夫婦なのか、立って見下ろしている女性と、しゃがみ込んで物色している男性。男性がめくっているのは、マンガ画が表紙に描かれている冊子のようなもの。

こちらでは、乾物のようなものを売っています。店主らしきが、その枚数を数えています。

何を売っているのか詳細は分かりませんが、机の露店がずらりと並んでいます。引いて撮影すると、広範囲にわたってマーケットが続いているのが見えます。



こちらは駅なのでしょうか。物凄い行列ができています。

とはいえ、先ほどの行列は序の口のようです。画像一番左で背を向けている男性から整理券のようなものをもらう行列がさらにズラリ。



場面は変わり、空襲によって多くが空き地になっているエリアが映し出されます。

一方で、家が建設されていく様子が映されます。この映像にナレーションはありませんが、説明が不要に思えるほど分かりやすく編集されています。建設中の住宅がある同じ区画には、手作り感あふれる印鑑屋さんが営業していました。



ここからは、占領下の日本を象徴するような場面を捉えていきます。「Ginza Bakery(ギンザ・ベーカリー)」と英語でつづられた店の前を、国民服の烏帽子のようなものを被った男性が通っていきます。

続いては「WASHINGTON SOUVENIR SHOP」。進駐軍用の土産物屋さんですかね。

場所は変わって、新宿の「伊勢丹」のようです。「伊勢丹」は終戦後、進駐軍に3階以上のフロアを接収され、6階や7階のレストランは、そのまま食堂として使われたようです(終戦までは日本陸軍が同じように接収して使っていました)。何か催されているのでしょう、店の周りはこの混雑ぶり。

交通整理をする米軍のMP(ミリタリー・ポリス)。

こちらは当時、進駐軍の「PX」となっていた、銀座四丁目の服部時計店(現・和光本館)。「PX」とは、進駐軍や軍属、その家族専用の売店のことで、日本人は入場禁止となっていました。

最後は高所から都電などが走る道路と、街並みを引きで捉えて映像は終了します。



わずか2分8秒ほどの短い映像ながら、当時の住宅事情、深刻な物資不足、占領下にあるという状況が見事に凝縮された、大変に興味深い内容でした。引き続き、歴史の1ページを紐解いていければと思います。

(服部淳@編集ライター、脚本家)