4月10日に900回目の放送を迎えるにあたり、『情熱大陸』(TBS)は羽生結弦選手にスポットを当てた。

世界フィギュアスケート選手権が終わってから1週間後というタイミング。もし羽生が優勝していたら、たぶん全く違う放送内容になっていただろう。

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世界選手権の男子フリーが終わった時、羽生はひどく疲れているように見えた。それは、隠してきたケガのせいかもしれないし、過剰に注目され続けることに対しての精神的な疲れだったのかもしれない。試合後にインタビューを受けた時も、「悔しい」という言葉を口にしながら、いつものまくしたてるような勢いは感じられなかった。

およそ2カ月にわたり羽生に密着してきた番組スタッフの目にも、疲れは明らかだったようだ。この日の『情熱大陸』は、羽生の硬い表情と「優勝を逃しホテルに戻る氷上はどこか虚ろに見えた」というナレーションから始まった。


■弱さの自覚とアスリートとしての選択

「左足甲のじん帯を損傷していた」という報道が流れたのは、世界選手権が終わった翌日のこと。試合後にこうした報道が流れると、「言い訳じゃないの?」という意見が必ず出る。ずいぶん勝手な意見だと腹が立つことこの上ないが、今回の放送は、アスリートへのそうした見方を払拭するのに一役買ったのではないだろうか。

世界選手権直前のインタビュー。「ケガのことって、(世界選手権の)放送が終わったら言っても大丈夫なの?」と番組スタッフに聞かれると、羽生は「言わないかもな~……わかんない」と苦い表情を浮かべた。続いて「自分は強い人間ですか?」と聞かれると、「弱いです」と即答。

「めちゃくちゃ弱いです。弱いからこそ、そこまで遮断しないと(演技が)できないんですよ。そこまでもっていけないんですよ。強ければ、周りが何を言おうと、周りがどんな環境であろうと自分をつくり出せると思うんですよ」

ケガへの同情や好奇の目があると意識してしまう。だから、少なくとも世界選手権が終わるまでケガのことは公表しないと話す羽生。精神の揺らぎは氷上に表れる。自身の弱さを自覚した選択に、アスリートとしての強い精神を感じた。


■分かりやすい3アクセル講座に拍手!

今回の『情熱大陸』を見ながら、「よくぞ放送してくれた」と拍手してしまったシーンがある。羽生が得意とする3アクセルの解説シーンだ。

参考にしたのは、2010-11シーズンのショートプログラム(白鳥の湖)と2014-15シーズンのショートプログラム(バラード第1番)。2010年にはジャンプ前にしっかり助走をしているが、2014年には重心の移動とステップを組み合わせ、ほとんど助走のない状態から跳ぶという高度な技に挑戦。並べてみると、4年間でジャンプをどう進化させてきたかが分かる。

フィギュアのルールを知らない人にも難易度が伝わりやすい内容で、フィギュア中継の合間にこういう解説をもっと入れてほしいと感じた。選手のプライベートやライバルへの思いを映すより、演技をもっと興味深く見られるのではないだろうか。

羽生はニューイヤー・オン・アイスのトリを飾ったあとのインタビューにこう答えている。

「もちろん技術っていうものは、進化し続けなければいけないところだと思いますが、それはバランスのとれた進化であり、精神面であったり体力面であったり技術面、すべてにおいて進化し続けないと、進化とは言えないんじゃないかと思います。とにかく僕が進化し続けること。まだまだ進化できるぞと」


■羽生の背中を押す音楽

番組スタッフからの、「ボーッとしたいとかならない?」という問いかけに、羽生は「オフの時間に非常にボーッとしていますし、現実逃避もすごくするし、だから大丈夫です」と答えた。

羽生の言う現実逃避とは、「音楽を聴いて熱唱するか、ゲームの中に入り込む」ことだという。オフタイムではないが、今回の放送でも、客席や控え室で音楽を聴きながら熱唱する羽生の姿が度々見られた。

撮られていると分かっていたら、普通はためらってしまいそうなものだけれど、羽生は人目を気にせず気持ち良さそうに歌う。そういえば、昨年末の紅白歌合戦でも、ファンであるBUMP OF CHICKENの演奏に合わせて嬉しそうな表情で歌っていた。歌っている時の羽生は無防備で、とても自由そうに見える。

フィギュアスケートは、音楽とともにあるスポーツだ。体の柔軟さや技の難度はもちろん、音感やリズム感も勝敗を分ける一因となる。2014-15シーズンからボーカル入りの曲の使用が解禁されて、音楽の果たす役割はいっそう増したのではないだろうか。

羽生はこれまで、悲壮感のある曲やロマンティックなバラード曲をプログラムに使用することが多かった。そうした音楽も巧みに表現するが、たとえばエキシビションの『花は咲く』など、メッセージ性の強い曲を歌いながら滑る姿には、ゾクゾクするような凄まじさを感じる。

客席で熱唱していた時、羽生は何の曲を聴いていたのだろう。来季は、ふだん熱唱しているような曲に合わせて情熱的に滑る羽生の姿を、ぜひ見てみたい。

(東谷好依)