ヒルデガルド・ネフという女優をご存じですか? 憂いを帯びた大きな瞳が特徴的で、1951年に『罪ある女』でドイツ映画で初ヌードになった女優としても有名です。当時は女優が映画の中でヌードになるのは大変な事件で、戦後ドイツ映画界最大のスキャンダルとも言われました。

1948年の作品『題名のない映画』の中では、科学者に作られた完璧な人口美女を演じたほど硬質な美貌で、なおかつ官能的で妖艶な雰囲気が人気を呼び、ドイツが産んだスター女優・マレーネ・デードリッヒに続く存在とまで言われた彼女ですが、満を持してハリウッドに渡ったものの、デートリッヒのようにブレイクする機会には恵まれませんでした。その理由のひとつとして、彼女が第二次世界大戦中、愛国的ナチス少女だったことがあげられています。

ドイツ出身ではあるものの反ナチスの立場を明確にしていたデードリッヒとは対象的に、ネフは戦時中、男装して10代の少年とともに戦ったほどの生粋の“ナチ少女”で、それが彼女の女優人生に影を落とします。

ネフの自伝の中には、ベルリン陥落の時、男装してソ連軍と戦い陥落後は捕虜となったという記述があるとのことで、当時相当な美少女だったことが想像に難くない彼女が少年のふりをして戦う姿は、ドラマチックで映画のワンシーンのように思えますが、ユダヤ人の多いハリウッドでは受け入れがたい過去でした。

大きな口としっかりした顎を持つネフの美貌はSEXYであると同時に男性的で、いかにも男装の似合うハンサムな容姿に思えます。また、女優・歌手・作家と 多岐にわたる才能を発揮した彼女は「考える男のための ディートリッヒ」と称されたともある知性派でした。下記はそんな彼女がハスキーな声で歌う映像です。女性が聞いても、醸し出される色気とかっこよさに思わずゾクッとしてしまいます。 (映像は元記事参照)

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ナチス少女だった過去によって敬遠されがちだったハリウッドの中でも、ビリー・ワイルダー監督は、自らの映画『悲愁』にネフを起用し、車椅子の謎の女性という魅力的な役で彼女にチャンスを与えます。ワイルダー監督は昔の行いで彼女を裁き、差別することをしませんでしたが、そんな彼の母親は、アウシュビッツで殺されています。

戦時中のネフはまだあまりに若く、国と大人を信じることしかできない立場であったことを慮ったフェアな精神が伺えるエピソードですが、それでもワイルダー監督は彼女に「私の母はアウシュビッツで亡くなった」とひとこと、告げたと言われています。国籍や過去の振る舞いでで人を裁かない人格者でありながら、理性に抑えられた感情の隙間から“愛する母親を殺された”というやり場のない怒りの記憶がチラリと覗く、人間らしいエピソードですね。

【参考 - 美女ありき―懐かしの外国映画女優讃(七つ森書館) - 川本 三郎 著】

(星野小春)