ああ、1日でいいからぐっすり眠りたい……! 赤ちゃんと夢のご対面から2日。四十路ママの肉体は、早くも悲鳴を上げておりました。7日間の入院生活は、予想以上にハードなものでした。

体はボロボロだけど

手術翌日、麻酔が切れるやいなや襲ってきたのが「後陣痛」のモーレツな痛み。これは産後の急速な子宮収縮に伴う痛みで個人差が大きいそうですが、私は高熱が出て、個室に移され悶えながら「強い痛み止めを下さい!」と懇願するありさま。

それが落ち着いたと思ったら、こんどは帝王切開の傷あとの痛みが襲来。ベッドの自動装置で起き上がり、ヨロヨロとトイレに行くのがやっとでしたが、その翌日には大部屋に戻され、小児病棟からやってきたわが子と合流。早くも母子同室がスタートです。

病室はカーテンで仕切られた4人部屋。移動式ベビーベッドに、2500グラムの小さな体で静かに呼吸する、私の赤ちゃん。ボロボロの体でそれを見守る四十路ママ。そう、この子のお世話をこれから24時間、365日するのは、ほかならぬ私なのです。

手術翌日の流動食

母乳は“神”なんです

20代から30代前半のフレッシュなママたちにまざり、助産師さんから授乳やオムツ替えなどの指導を受けます(スッピンよれよれの私はいったい何歳に見えているのか…汗)。

「ウンチの処理なんてできるかしら……」といい年こいて不安になっていましたが、紙オムツは手も汚れずとても楽ちん。最近はエコな布オムツも人気だそうだけど、ズボラ人間はやっぱり紙オムツですね。

そして、新米ママ最大の関門といえば「授乳」。

「今、母乳は“神”なんです」。助産師さんは目を輝かせ、そうおっしゃいました。この病院を選んだのは子宮筋腫の手術をしたから。無頓着な私は、ここが今トレンドの“母乳教”スパルタ指導の病院なことに、今さら気付いたのでした。

栄養と愛がたっぷりつまったママのおっぱい。感染症やアレルギーを防ぐ免疫物質が含まれる素晴らしいもの。新米ママたちは完全母乳=完母めざして悪戦苦闘し、母乳が出ずに涙するママも少なくないとか……。

しかし、なるべくラクしたい私は、「混合希望です! 何なら完全ミルクでも」という意欲の低さ。「自分が赤ちゃんの頃は粉ミルク全盛で、私も完全ミルクでスクスク育ったし、そもそも貧乳だし母ゆずりで母乳出ないかも……」と、頑張らない言いわけだけはスラスラと(苦笑)。

ところが、助産師さんが私の乳首をキュッとつまむと、まさかのピュッと白いしぶきが! ビックリしつつも、ちょっとうれしい。ちなみに、おっぱいのサイズと母乳量は関係なく、妊娠すると自然に母乳が作られるメカニズムなんだとか。人体の神秘ですね。

粉ミルクを足す

心が折れそうになりながら

さて、そこからが大変でした。産まれたてで目も見えず、吸う力も弱い赤ちゃんにおっぱいを飲ませるのは、なかなかに難しい。

助産師さんの目がキラリと光る前で、モタモタと何度も位置合わせする不器用な私。まだ腰に力も入らず、こわれそうな赤ちゃんの体をどう扱えばいいのやら。必死に左右10分ずつ飲ませたのに体重増加はたった2グラム……。そこから粉ミルクを足していると1時間が経過。

授乳は最低3時間おきがマストなので、眠れるのは良くて2時間。その間に食事に入浴、朴浴指導などもあり、もういっぱいいっぱい。乳首はヒリヒリ痛みはじめ、「もう勘弁して~!」と心で悲鳴を上げつつも、まわりのフレッシュママさんたちの手前、頑張ってるフリだけはして(苦笑)。

そんな私とは裏腹に、朝晩で交替する助産師さんはハイテンションで「今日も頑張りましょう!」と愛のムチ(しかも、みんな微妙に教え方が違うのが疲れる……)。実は後から考えるとありがたかったんですが、このときはいかに逃げ切るかしか考えられない状態でした。

そして、なんとか迎えた退院日。なんと赤ちゃんの体重が出生時からマイナスに。ハッ、もしや夜中起きられずに何度か4時間おきにしたせい……? 「本当は退院させられないんだけど」と前置きされつつ、3日後に再び助産師外来を訪れる条件つきで退院となりました。スパルタ授乳指導は続く……。

奮闘の記録「哺乳表」

(フリーライター:五十嵐なな)