もしもあなたがハリウッドスターで、ある日突然、縁もゆかりもない国の会社から高額のギャラでCMをオファーされたとしたら?
まあ、悪い気はしないでしょう。
なんやかんやで撮影当日、あなたはローマ字で謎の言葉が書かれた台本を渡されます。そこに書かれていたのは…。

バブル期~90年代にかけ、多くの大物外タレたちが日本のお茶の間に登場し、なぜだか"ダジャレ"で私たちを楽しませてくれました。今日はそんな記憶に残るCMをふりかえってゆきましょう。

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■「カッコインテグラ」(1989年・本田技研工業 インテグラ)

いまや製造終了となってしまったホンダのインテグラ。今年1月には今上天皇が、いまだに91年式のインテグラをご愛用中であることも話題となりました。

CMは「バック・トゥ・ザ・フューチャー PART2」公開と同時期。当時、マイケル・J・フォックスは長きにわたって日本国内限定で「カッコインテグラ」「気持ちインテグラ」「調子インテグラ」「めっちゃインテグラ」と叫んでくれました。戸田奈津子あたりが「クールだっていう意味よ」という感じでうまく伝えてくれたのでしょうか。


■「歯槽膿漏にはマッケンロー」(1988年・佐藤製薬 アセス)

負けん気の強さで知られるテニス選手、ジョン・マッケンローも、ダジャレにかかればこの表情。横でほほえむのは当時の奥さん、女優のテイタム・オニールです。


■「蚊ドッキリ、リキッド蚊」(1990年・キンチョウ リキッド)

おなじみジャッキー・チェンの回文調ダジャレ。「ボウボウチャ、毎日ヌンでます」も紹介したいところですが、アレはダジャレではありません。


■「ダイジョーV」(1990年・武田薬品工業 アリナミンV)

ハリウッドスターの敷居を一気に下げてくれた立役者。この年、アーノルド・シュワルツェネッガーは映画「ツインズ」(日本公開は1990年)でそれまでのコワモテのイメージを覆すことに成功します。いっぽうライバルのシルベスタ・スタローンは同時期「伊藤ハム イズ オイシイ」の名言を残していますが、こちらもダジャレではないので却下。


■「ジョー状況判断」(1991年・三菱電機 ミラクルショット)

いまだにNFL史上最高のクォーターバックとの呼び名も高いジョー・モンタナにダジャレを言わせる快挙。ほかに「どんなモンタナ」バージョンもありました。モンタナの愛称は、その奇跡的な勝負強さから「ミラクル」。CMソングでもある牧瀬里穂「Miracle Love」は、周到に準備された三菱電機のマーケティング戦略の一環でもありました。当時の三菱電機はアメフトに熱心で、社会人チーム「三菱電機ソシオテックス」も保有するほど。たぶんえらい人がアメフト好きだったんでしょうね。


■「リンゴ、すった。」(1996年・宝酒造 すりおろしりんご)

おそらく日本語でダジャレを言ったことのある唯一のビートルズメンバー、リンゴ・スター。いや、ジョン・レノンもヨーコ相手に1回ぐらいはあるかな。


■「しゃべりタランティーノ」(1996年・関西デジタルホン)

「パルプ・フィクション」(1994年公開)で一躍時の人となったクエンティン・タランティーノを起用し、関西限定のCMながら強いインパクトを残しました。ソニー千葉(千葉真一)と共演できるなら、と二つ返事で出演を快諾したというエピソードが残ります。


■「刑事プリオ」(1998年・オリエントコーポレーション オリコカード)

前年にタイタニックが大ヒットしたばかりのレオナルド・ディカプリオは、日本でまさかのダジャレ刑事役に。けっこう好評だったようで、5バージョンほどが制作されました。


■まとめ:あなたなら、ダジャレ、言いますか?

「ブロードバンド」が流行語となるのは2001年のこと。もちろん、YouTubeもありません。
日本国内で放映したCMが、海外で観られることもありませんでした。だからこそスターたちは、日本のお茶の間のためだけにサービスしてくれたのかもしれません。


「これ、なんて読むんだい?」
質問にまともに答えようとしないプロモーター、目をそらす通訳、アルカイックスマイルをたたえたクライアント…。
そんなCM撮影に、一度立ち会ってみたかったものです。


(バブル時代研究家 DJGB)


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