どうも服部です。昭和の動画を紐解いていくシリーズ、今回は茨城県がYouTubeに公開している『なつかし・いばらき』という懐かし映像集の中から取り上げたいと思います。

タイトルは「筑波山」。1958年(昭和33年)制作だそうです。現在からして58年前。クレジットタイトル には、ひときわ目立つ「富士カラーフイルム使用」の赤文字が。

この記事の完全版(動画と全画像・参考リンク付き)を見る

冒頭、筑波山に向かっていく1両編成(単行)の電車が映し出されます。1987年(昭和62年)で廃線となった常総筑波鉄道(後に関東鉄道→筑波鉄道)の「筑波線」のようです。車両はキハ305形(初代)でしょうか(参考記事)。

「筑波線」は常磐線の「土浦駅」と水戸線の「岩瀬駅」を結んでいた路線で、途中には筑波山の玄関口となる「筑波駅」もあり、観光シーズンには筑波山を訪れる客で大変混雑したそうです(現在ある、つくばエクスプレスの「つくば駅」とは異なります)。

いつものように「goo地図」上に赤字でポイントとなる地名などを追加すると、このような位置関係になります(雑すぎ失礼します。もちろん線路はこんな直線的ではありません)。

映像はナレーション付きで、「広大な関東平野に聳えるただ一つの筑波山は、海抜876mで、決して高い方ではないが……」と、筑波山の基礎知識が紹介されます(1999年に最高点が877mに変更されています)。筑波山と藁葺き屋根の家屋との眺めが、郷愁を誘います。

「……、常陸北条、筑波、真壁方面へお行きの方は4番線の…」と駅構内アナウンスが流れます(最初と最後が聞き取れませんでした)。常陸北条、筑波、真壁は、いずれも「筑波線」の駅名です。

「筑波線」で乗り換えができたのは、終点の駅だけだったようなので、駅の紹介順番からして「土浦駅」のようです。

客を乗せて電車は出発。こちらは2両編成で、車両はキハ311形です。鉄道ファンにはたまらないでしょう、筑波線の運転席からの眺めも。

電車を下りて、山道をボンネットバスで上がっていきます。バス同士がギリギリすれ違える道幅です。エンジン音がど迫力。下ってくるバスの後ろには、これまた懐かしのオート三輪がいます。下りバスの行き先は「筑波駅」となっています。

登山バスに揺られて10分、バスは筑波神社前に到着です。こちらは、その門前町の様子。

(神社への)階段の途中では、杖のようなものを貸し出している光景も。桜のシーズンのようで、花びらが舞っています。

そこに、階段を駆け上がっていく女性3人が登場。すれ違う男性が2人ほど振り返って見ていることから、さぞかしお美しい方たちなのでしょう。

階段を上がりきると、お賽銭を投げ入れてお参りです。以前紹介した、同じく茨城県の昭和33年の観光映像を紹介した拙著「【約60年前】お洒落お姉さんたちが旅する、昭和33年の茨城県の観光映像が面白い」でもそうだったように、この映像も女性モデルさんたちが案内役を務めるスタイルのようです。

ここから少しの間は、春秋に行われる「御座替祭(おざがわりさい)」の様子が流されます。きっと現在でも変わりないと思われるので割愛します。

「御座替祭」に続いては、8月に催される「ガマまつり」の様子(ここ2年は9月に行われているよう)。神主さんがカエルを池に放しています。「ガマの油」の創始者の墓がここ筑波神社の境内にあり、それを記念して行われるようになったそうです。

2013年につくば市の無形民俗文化財に認定された「ガマの油売り」の模様です。紙を広げて、刀で切っていくパフォーマンスが始まろうとしています。

場面は変わって、春の登山シーズンには、東京からの観光列車が運行されているとのことで、ごらんの混雑ぶり。

春の筑波山で見られる植物や鳥類、動物が紹介されます。こちらはニホンリスでしょうか。木の上を動き回る姿を捉えています。

続いては、筑波山の頂から姿をみせる朝日や、眼下に見える雲海など壮大な自然が映し出されます。

筑波山のジェネラルインフォメーションはひとまず終わり、ここからは先ほどとは別の3人組が案内してくれるようです。(ケーブルカーに乗り込む)赤いワンピースに白いハイヒールの女性は、先ほど「筑波線」に乗り込んでいたのと同じ方でしょうか?ケーブルカーが動き出すと、手を振る赤いワンピさん。ケーブルカーなら8分で山頂まで行けるそうです。

運転席からの眺めに、最後尾からの眺め、さらには上からの眺めと、ケーブルカー撮影に抜かりはありません。大正14年10月に全国で5番目に開業したのだそうです(筑波観光鉄道株式会社HPより)。

山頂に着いた3人は、早速電波の中継所の内部を案内してもらっています。

こちらは別の3人組。「【約60年前】お洒落お姉さんたちが旅する、昭和33年の茨城県の観光映像が面白い」と同じく、何組かのモデルさんたちが出演のようです。

場面変わって、山頂の食堂と思われる円卓には別の3人組が。神社でお参りしていたのと同じ人たちですかね。みんなショールを頭に巻いていますが、1953年(昭和28年)9月に公開された映画「君の名は」で大ブームになった「真知子巻き」の流れなんでしょうか。

食堂とおみやげの売店が映されます。「自動車待合所」と書いてあることから、山頂ではなくふもとなのでしょう。ちなみに、筑波山のもう一つの交通手段であるロープウェイは、1965年(昭和40年)8月に営業開始なので、この当時にはありません。

そういえば、ロープウェイ乗り場には、かの有名(?)な「ガマランド」があります。関連記事→「驚異の昭和感!珍スポット「ガマランド」がフリーダム過ぎてスゴイ!!」。筑波山に訪れる際にはぜひ!

ふもとに戻ったのかと思いきや、再び山頂です。そして、この絶景。「夕方になると黒一色の富士山を望むこともできます」とナレーション。その映像は残念ながらなし。

ここで黒い上着の女性がカメラに最接近。期待を裏切らない美人さんです(※冒頭の画像)。

一方、赤ワンピのお姉さんたちは、ふもと付近のミカン畑にやって来ていました。「筑波みかん」の歴史は古く、かの日本書紀(奈良時代に成立した日本の歴史書)にも登場しているのだそう。



全行程を終え、旅館にやって来たようです。すかさず、テレビをスイッチオン。日本でテレビ放送が始まったのは1953年(昭和28年)なので、まだ5年目のころです。1958年当時のテレビ普及率は20%にも満たないほどだったようなので、とりあえずテレビがあったらつけちゃうでしょうね。

そして雲海に日が沈んでいくと……、あっという間に翌朝に。旅館を出て行くところでした。現代なら、きっと食事をしたり、お風呂に入ったりと、宿を満喫するシーンも絡めてくるでしょうから、このあっさりさに拍子抜けしてしまいました。

引き続き、歴史の1ページを紐解いていければと思います。

(服部淳@編集ライター、脚本家)



【動画】『筑波山』