どうも服部です。明けましておめでとうございます。昭和時代をさまざまな形で振り返っていくシリーズ記事、今回は昭和時代のお正月事情についてまとめていきたいと思います。

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まずは、2016年の初売りに関して、こんなニュースが話題になっていたので取り上げます。

<・元日、2日「初売らず」その狙いは…三越伊勢丹「3日初売り」、ネットでも論戦
元旦から営業する西武・そごうとは大違いだ。>

ニュースの内容は、「三越伊勢丹」が初売りを1月3日から開催するというもの。あえて「1月1日と2日に売らない」というだけのことですが、ここ数年、正月が近づくとこの手のニュースが話題となり、ネット上で「正月も普段通り営業するべき」という正月営業肯定派と、「昔のような静かな三が日に戻してくれ」といった反対派の間で議論が盛り上がります。

とはいえ、「昔のような静かな三が日」といっても、きっと平成育ちの方には伝わらないのではないでしょうか? 百貨店の初売りはさておき、コンビニやファミレスなど、元日でも通常営業が当たり前になっていますからね。

「静かな三が日」の思い出については、こちらの方がツイートされています。

<・かつては日本の初売りは3日とか4日でした。それを2日スタートにしたのは西武百貨店でした。直ぐに他店も追随したと記憶しています。>

百貨店を含めた小売店は、1980年代前半までは、官公庁や一般企業と同じように1月4日から初売りを行っており、三が日はどこのお店も休業というのが普通でした。その頃にはコンビニもファミレスも登場していますが(後述)、店舗数は現在に比べ断然に少なかったのです(コンビニ最大手のセブン-イレブンだけで比較すると、1980年に1000店舗だったものが、2015年時点で18万店舗超と180倍に)。いつもは賑わっている駅前も、三が日には人通りは少なく、ガランとしていたものです。

飲み物や調味料などを切らしたとしても、お店が開いていないので諦めるしかなく。今思えば不便な時代でしたが、それが当然だったのです。

家庭では年末のうちに保存が利くお節料理を支度し、三が日はなるべく料理などもせずにのんびりと過ごしたのです。

1976年(昭和51年)から年末年始に流された(参照:「ハウスのカレー物語」)、ハウス食品の「ククレカレー」のテレビCMでのコピー「おせちもいいけどカレーもね」は、そんな毎年同じように過ごす正月の食習慣に商機を見いだし、話題になりました。レトルトカレーなので、調理不要でお正月にもピッタリじゃないですか?という意味合いでしょう。
※同CMは下に貼ったYouTubeの0:47から(※見られない場合は元記事参照のこと)。



■24時間営業が正月を変えた!?
そんな、のどかだった正月を一変させた要因として、24時間営業店舗の台頭があるのではないでしょうか。

コンビニエンスストアが1970年代に登場(どれを日本初とするかは諸説あるため詳細は割愛)、セブン-イレブンが福島県に24時間営業店を開始したのは1975年(昭和50年)のことでした。

福岡県北九州市小倉のスーパー「丸和」は、1979年(昭和54年)に日本初のスーパー24時間営業を開始(2015年11月いっぱいで24時間営業を中止)。

また、『ファミリーレストラン 「外食」の近現代史(今柊二著、光文社新書)』によると、「ファミリーレストラン」と呼ばれる形態の始まりは1970年(昭和45年)に東京・国立で営業開始した「スカイラーク1号店」だったようで、1980年代になると24時間営業をする店舗が増えていったようです。

こうした24時間営業のコンビニやファミレスは、年中無休で営業する場合が多く、元日営業の店舗が増えていくことになります。1996年にはダイエーが大手スーパーで初めて全国規模で元日営業を開始、つい最近では2013年にそごう・西武が大手百貨店として初めて元日営業を開始しています。

このように、どこかが元日営業を始めたため、商機を取り逃したくない同業者も始めるというスパイラルで、現在のような年中無休の日本ができあがっていったのです。

■まだまだあった正月の不便な思い出
その他にも、現在では多くの銀行が年末年始期間も銀行やコンビニ設置のATMでお金を出し入れできるようになっていますが、これも最近になってからのこと。コンビニATMが初めて使えるようになったのは、1998年(平成10年)で、当初は設置している店舗はほんの一部。しかも年末年始は使用できないことがほとんどでした。クレジットカードが利用できる場面も現在よりもとても少なく、年末年始には余裕を持って現金を用意しておく必要がありました。

車で帰省する場合も、この期間に営業しているガソリンスタンドを見つけるのはかなり至難でした(高速道入り口付近ならまだしも)。また、小さい子供連れだと渋滞にはまった時など退屈しのぎをさせるのはなかなか大変でしたが(歌を歌ったり、しりとしをしたり)、今ならポータブルDVD、スマホやタブレットなど、子供の気をそらさせるものが豊富にあり、本当に便利になったものです。

最後は、不便というよりは懐かしいという話で、そういえば大晦日、「紅白歌合戦」が終わった後に始まる「ゆく年くる年」って、NHK以外の全民放でも同じ内容を放送していましたね。チャンネルを替えては、同じ内容ながら少しの映像の色合いの違いを見つけたりして楽しんだことを思い出します。NHK・民放一緒のこの放送は、昭和最後の大晦日である1988年(昭和63年)にて終了したようです。



昭和の深閑とした正月も懐かしくはありますが、やっぱり不便さを思い出すことが多く、当時の正月のように過ごしたいかと問われれば、戻りたくはないというのが正直なところです。今年も引き続き、歴史の1ページを紐解いていければと思います。

(服部淳@編集ライター、脚本家)