どうも服部です。昭和の動画を紐解いていくシリーズ、今回は初めて、茨城県がYouTubeに公開している『なつかし・いばらき』という懐かし映像集の中から取り上げたいと思います。

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茨城県映画の『水郷』というタイトルで、1958年(昭和33年度)制作とのこと。まだまだモノクロ映像が主流であった時代に貴重なカラー映像です。この映像では茨城県が誇る日本で2番目に大きい湖「霞ヶ浦」と、その周辺の観光スポットや四季が紹介されていきます。地図(goo地図より)上に赤字で追記しているのが、後に登場する主なポイントです。映像が始まって最初の2分30秒ほどは、霞ヶ浦の詳細や成り立ちについてなどが説明されていますが、ここでは割愛します。



駅のホームに電車が入ってきました。駅アナウンスが「土浦」と案内しています。ナレーションが「土浦市は、上野からディーゼルでおよそ1時間」と紹介しているので、国鉄・常磐線のようです。

1枚扉の電車から下りてきたのは、サングラス姿の3人の女性(※冒頭の画像)。この3人が、しばし観光のモデルを務めてくれます。クレジットに出演者名は出ていませんでしたが、女優さんなのでしょうか。

土浦の駅前を歩く3人。オート三輪も走っています。同じ通りを撮った写真が、総務省の「 土浦市における戦災の状況(茨城県)」というページに掲載されていました。右手にある「日本通運」のマークが付いた建物(荷物取扱所?)の特徴的な屋根を見比べると分かりやすいですね。

お洒落シューズでは歩きにくそうな未舗装道路を歩いた先にあるのは……、霞ヶ浦のボート乗り場だったようです。土浦から潮来(いたこ)を結ぶ高速艇で、およそ2時間かかるそう。

船に乗り込み、外套とサングラスを外した3人。船窓からはSLの姿も。思わず窓から身を乗り出すお姉さんたち。



目的地の潮来に着いたようです。潮来は水郷(現在では「すいごう」と呼びますが、昭和の初め頃までは「すいきょう」と呼んでいたようで、この映像でも「すいきょう」と言っています)の中心地で、水陸の交通の要所として、江戸時代から栄えていたそうです。

なお、ここでいう水郷とは、利根川下流域から霞ヶ浦一帯に広がる低湿地地帯のことを指します。現在は「水郷筑波国定公園」となっていますが、国定公園に指定されたのは、この映像の翌年、1959年(昭和34年)のことでした。

船着き場に降り立つお姉さん。露台(テラス)が付いた旅館にチェックインしたようです。庭の池が見えるようで、みな露台に集ってきました。現代の感覚からすると、柵が随分と低いですね。

ここから少しの間、周辺の観光地の案内が入りますが、現在とさほど変わることはないので飛ばします。

日がやや暮れた頃、旅館の前には流し(?)の三味線弾きが通っていきます。その様子を旅館の部屋から眺め下ろす女性2人。先ほどの3人組とは違う人のようです。



夜が明け、水郷に朝日が昇ります。絶景ですね。早速、お洒落3人組は、現在でも潮来の名物である手漕ぎ和船に乗りに来ました。

女性船頭さんが歌いながら船を漕いでいきます。本当に普通の船頭さんなの?と疑いたくなるような美形な方です。

続いては船首に座るもう1人の船員さんが歌い始めます。いやいや、こちらも違うでしょ。と、熱唱シーンが約2分にわたって続きます。そんなこんなで、3人組を乗せた和船は水路を進んでいきます。



ここからは、観光から離れて、この土地の生活について話が移ります。この水郷の住人の家には必ず船があるそうで、隣の家に行くにも船を使い、農作業へ行くにも船を使うのだそう。農作業用の牛も船で運んでいます。

こちらは田んぼに水を引く踏車(足踏み水車)を回しているところです。踏車を回しているのは……、またモデルさんかな?

続いては、「馬出し祭」や「あやめまつり」 といったこの土地に伝わる行事が紹介されています。



季節は飛んで夏です。現在では水質汚染のため、霞ヶ浦に水浴場はなくなっていますが、当時は「水清く、遠浅で水浴に適した所が多く」とのこと。

浮島には三角形をしたバンガローが建ち並び、青少年のレクリエーション施設として使われていたよう。どこの南国?という光景です。うらやましいですね。



場面は変わって、バスの中でガイドさんが神宮橋を渡って鹿島の街へ入りますとアナウンスしています。鹿島への旅のモデルは、先ほどの3人組ではなく、こちらの2人組のようです。

鹿島神宮にてお参り。鹿島神宮の由来などの説明が終わると、境内の自然についての話題に変わります。そして、どういう訳かモデルさんたちも交代。この2人組……、昨日、旅館の上階から三味線の演奏を眺めていた人たちのようです。何組も同行していたんですね。

鹿島神宮を離れると、再び霞ヶ浦に戻り、自然について、周辺でできる「カモ猟」や「魚釣り」、霞ヶ浦で捕れる水産物などについて語られます。興味のある方はページ下部(※もしくは元記事にて)の動画をご覧ください。



最後はお土産を買って旅もそろそろお終いです。モデルさんたちは3人組ですが、また別の3人じゃないですかね?

土浦駅前商店街の小松屋さんから出てきたようです。佃煮で有名なお店のようなので、佃煮でも買ったのでしょうか。並びには蛯原花月堂の看板もみえます。

そしてラストシーン。右奥に見えるのが「軍艦型駅」と親しまれた、1936年(昭和11年)に完成、1981年(昭和56年)12月で姿を消した土浦駅のようです。



いかがでしたか? 普通の観光案内映像も、60年もの年月が経つと、すでに見られなくなった日常や景色なども見ることができ、興味深く見ることができたのではないでしょうか。引き続き、歴史の1ページを紐解いていければと思います。

(服部淳@編集ライター、脚本家)



【動画】『水郷』