11月25日は「OLの日」。1963年11月25日に雑誌『女性自身』にはじめてオフィスレディ=OLという言葉が掲載されたことに由来し、1994年に異業種OLの交流サークル、OLネットワークシステムが提唱した記念日だそう。
(ちなみに同じ光文社から出ているファッション誌『JJ』は「Josei Jishin」の略。コレ豆な。)

そういえば80~90年代にかけては、ばびろんまつこも真っ青のキラキラOLたちがもっとたくさんいたような気が。そんなこんなで今日は、最近聞かなくなった"OLの教祖"という存在を、この2人を中心にふりかえります。


■OL文化が花開いた1986年とは?
バブル期にOLとして活躍した女性の多くは、80年代前半の「女子大生ブーム」を女子大生(短大含む)として過ごした、おおむね60年代中盤生まれの方々。有名人ではタレントの向井亜紀、女優の山口智子(ともに1964年生まれ)、元フジテレビアナウンサーの中井美穂(1965年生まれ)、といった面々が、この世代にあたります。

1986年、男女雇用機会均等法が施行され、キャリア志向にせよ、“腰掛け”にせよ、多くの職場に女性が進出し始めます。田中康夫と南美希子のMCによる土曜AMの情報バラエティ番組「OH!エルくらぶ」(テレビ朝日)がスタートしたのもこの年。実家暮らしの人も多く、金銭的な余裕もあって消費意欲は旺盛。“トレンディさ”の決定権を持つOLたちを、企業も放っておきませんでした。


■元祖“OLの教祖” 岡村孝子と、今井美樹の出会い
1985年、本田技研工業(ホンダ)は、新しい軽自動車「トゥデイ」のCMキャラクターとして、雑誌『MCシスター』で活躍していたモデルの今井美樹(1963年生まれ、当時22歳)を起用します。

・1985年 ホンダ トゥデイCM
(ちなみに、『MCシスター』のMCは、同じ婦人画報社から出ていたメンズファッション誌『Men’s Club』の略。コレも豆な。)
CMソングは、来生たかおの歌う「はぐれそうな天使」。なぜかCMで使われたのはサビ前のAメロ、Bメロ(しかも2番)でした。

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80年代以降、スズキ アルトやダイハツ ミラに代表される軽ボンネットバンは、とりまわしのしやすさと低価格を理由に大きな市場として成長します。トゥデイも54万8,000円の価格が示す通り、ターゲットは20代のOLや主婦たちの、いわゆるセカンドカー需要でした。

もっとダイレクトに若い女性に訴求したい、ということでしょうか。翌1986年、ホンダはキャラクターとCMソングはそのままに、CMソングを歌う歌手だけを岡村孝子(1962年生まれ)に切り替えます

・1986年 ホンダ トゥデイCM
岡村は前年、あみん休止後3年ぶりとなるソロ活動をスタートしたばかりで、この「はぐれそうな天使」が3枚目のシングル。CMでも「♪恋し~た~ら~ 騒がしい風がふ~き~」の印象的なサビ部分が使用され、彼女にとって久々のヒット曲となりました。

キャラクターと楽曲がマッチした新しいトゥデイのCMは大きな反響を呼び、ホンダは翌1987年までおよそ2年弱にわたり、岡村版の「はぐれそうな天使」をCMに使用し続けます。2年間も同じCMソングが流れるって、今ではちょっと考えづらいですよね。


この曲でソロシンガーとしての評価を確立した岡村は、1987年の4thアルバム「SOLEIL」から1992年の8thアルバム「mistral」まで5作連続でオリコン1位を記録。ひかえめなようで、実はけっこう自己中心的な気持ちを歌った楽曲が若い女性の共感を呼び、元祖OLの教祖としての地位を確固たるものとします。


一方の今井美樹も1990年まで足かけ6年にわたり、トゥデイのCMキャラクターを務め続けます。自らも歌手デビューし、1988年にリリースしたシングル「彼女とTIP ON DUO」でブレイク。そのメイクやファッションも含めて同世代の女性のシンボル的存在になりました。彼女自身が“等身大のOL” を演じたドラマ「あしたがあるから」(TBS)の主題歌「PIECE OF MY WISH」で初のオリコン1位、ミリオンセラーを記録するのは、バブル崩壊直後の1991年末のことでした。


■ユーミン、ドリカム、平松愛理…教祖乱立の戦国時代へ
このころ音楽界を中心に、烏合のOLたちをまだ見ぬユートピアにいざなう教祖たちが続々名乗りをあげます。代表的な教祖様たちを、ヒット曲とともに振り返ってゆきましょう。

・松任谷由実「リフレインが叫んでいる」(1988年11月)
OLの教祖が岡村孝子なら、この時代のもう一人のミューズ、松任谷由実は“恋愛の教祖” でした。バブル期の代表曲「リフレインが叫んでいる」はアルバム収録曲にも関わらず、三菱自動車 ミラージュ のCMソングとして全国に流布し、東京のアーバンな恋愛事情についての勘違いを産み続けます。


・Dreams Come True「うれしい!たのしい!大好き!」(1989年9月)
まだ3人だったDCTのデビューも1988年。翌年にリリースした3rdシングル「うれしはずかし朝帰り」のカップリング曲だったのですが、グリコ ポッキーのCMソングとして話題に。同年発売のアルバムには、のちに全国津々浦々のブレーキランプをガッコンガッコン点滅させることになる「未来予想図Ⅱ」がすでに収録されていました。


・辛島美登里「サイレント・イヴ」(1990年11月)
総合職(!)の男性(吉田栄作)と、一般職(!!)のOL(仙道敦子)の銀行内恋愛を描いたドラマ「クリスマス・イヴ」(TBS)の主題歌。ふたりは3年後「徹底的に愛は…」(TBS)で再び共演し、伝説のユニット「NOA」を結成することに。


・平松愛理「もう笑うしかない」(1992年9月)
この曲に次いでリリースした「Single is Best!?」と2作連続で、恋と仕事の両立に悩むOLの心情を代弁し、彼女たちの心をグッとつかみます。続く「戻れない道」で不倫の恋におちるところまでセットです。


・森高千里…「私がオバさんになっても」(1992年6月)
アルバム「ROCK ALIVE」からシングルカットされて大ヒット。森高はこの曲で女性の支持層を大きく広げ、教祖襲名レースに割って入りました。21世紀では地雷でしかない「女ざかりは19だ」なんていうセリフをウッカリ漏らす男性が、当時はまだ世にあふれていました。


・広瀬香美「ロマンスの神様」(1993年12月)
1993年冬のアルペンCMソング。この曲が175万枚の大ヒットとなり、授かった称号が“冬の女王”。基本「待つわ」のスタンスである岡村孝子に対して、広瀬香美は「幸せをつかみたい」(1994年)「ゲレンデがとけるほど恋したい」(1995年)内田有紀に提供した「幸せになりたい」(1996年)など、貪欲に恋愛を追求する女性のぶっちゃけな本音を歌い、週休二日しかもフレックスな90年代OLたちの支持を得ました。


・大黒摩季「夏が来る」(1994年4月)
60年代中盤生まれのOLさんたちが三十路前にさしかかり、「近頃まわりが騒がしい、結婚するとかしないとか」言い始めたのがこのころ。「妥協しない、アセらない、淋しさに負けない」と歌っていたはずが、1年後には「あっという間にもうこんな年齢だし、親も年だし、あなたしかいないし…ねえ(「ら・ら・ら」1995年2月)」となるところに鬼気迫るものを感じます。


・古内東子「誰より好きなのに」(1996年5月)
おそらくは20世紀最後のOLの教祖。やさしくされると切なくなり、冷たくされると泣きたくなる、そんな揺れるオンナゴコロを切なく歌い上げる古内のハスキーボイスに、女性からは大きな共感が、男性からは「んじゃどうしろと!?」の大合唱が寄せられました。

このほかにも、杏里、麗美、谷村有美、岡本真夜、竹内まりやといった面々が教祖争いに名乗りをあげました。また松田聖子という不世出のカリスマの存在も指摘しておくべきでしょう。


■失われた10年、構造改革…OLをとりまく環境は激変
「誰より好きなのに」がヒットしていた1996年、労働者派遣法が改正され、派遣労働の対象となる業務に「図書の制作及び編集」「アナウンサー」「セールスエンジニアの営業」など11業務が追加されます。“ハケン”可能な仕事の範囲が広がったことで活気づいたのは人材派遣業界でした。1997年5月、スタッフサービスが始めた「オー人事、オー人事」のCMは、大きな話題となりました。


この年の3月には、「OH!エルくらぶ」が11年の放送期間をもって終了。前年にスタートした寺脇康文、田中律子のコンビによる「王様のブランチ」(TBS)に視聴率を大きく奪われたことが決定打となりました。くしくも同じ3月には東京・渋谷で東電OL殺人事件が発生。それまで華やか一辺倒だった“オーエル”という響きに暗い影を落とします。

翌1998年4月には江角マキコ主演のドラマ「ショムニ」(フジテレビ)がスタート。OLが“職場の花”だった時代は終わり、働く女性はそれぞれが特殊なスキルを持つスペシャリストとして描かれるようになったのです。


■2016年、ワーキングウーマンの環境に変化の予感
1986年1996年と、働く女性を取り巻く環境は10年サイクルで大きく変化してきました。いつしか"F1層(20~34才の女性)"というざっくりした分類は完全に崩壊し、OLの教祖という言葉も陳腐化してゆきました。2006年、行き過ぎた規制緩和のひずみから、"格差社会"が流行語大賞トップテンに選ばれます。翌2007年に篠原涼子主演の「ハケンの品格」が話題を呼んだと思ったら、2年後の2009年、こんどは“派遣切り”が流行語大賞に。厳しい時代は、今も続きます。

あのころ“信者”だったOLの皆さんは、2016年には50歳前後。気がつけば自分が職場で一番年上になっていた、という方もいれば、主婦の道を選んだ方もいることでしょう。それぞれの仕事で奮闘するすべての女性へのエールとして、最後にこの曲を贈ります。

1993年、岡村孝子で「無敵のキャリア・ガール」。


(バブル時代研究家 DJGB)


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