今年もこの時期がやってまいりました。
「今年の『流行語大賞』ノミネート決まる 「火花」「五郎丸ポーズ」など50語」のニュースを目にした方もいるのでは。

バブル時代研究家DJGBにとって、新語・流行語大賞は重要な研究対象。そもそも“1年をふりかえって総括するイベント”を、後からさらにふりかえることで、当時見えなかったものが見えてきたり、見えてこなかったり。

ということで、12月1日(火)に予定されている2015年の大賞発表を前に、あえて24年前の1991年(平成3年)の新語・流行語大賞から、思い出深いキーワードを映像とともにふりかえってみましょう。BGMは平松愛理「虹がきらい」(1991年5月21日発売)を推奨。

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・年間大賞「…じゃあ~りませんか」
受賞者:チャーリー浜

吉本新喜劇を拠点に大阪で活躍していた芸歴30年のコメディアン浜裕二が「チャーリー浜」と改名したのは、このわずか2年前の1989年のこと。吉本興業が新喜劇を刷新し、東京進出をはじめたのがきっかけでした。


・新語部門・金賞 火砕流
受賞者:花田簡輔・ほかのみなさん(気象庁雲仙岳測候所)

この年、メディアに最もひんぱんに登場した単語が「火砕流」でした。雲仙普賢岳から発生した火砕流により、地元の消防団員や報道関係者など43名が犠牲になりました。


・表現部門・金賞 川崎劇場
受賞者:金田正一(元ロッテ・オリオンズ監督)

この年のオフ、ロッテオリオンズは千葉ロッテマリーンズに改称。本拠地も翌年から千葉マリンスタジアムに移転することが発表されました。かつてプロ野球には、外野席で流しそうめんができる球場があったことを、オコエ瑠偉くんに教えてあげたい。


・流行語部門・金賞 若貴
受賞者:藤田憲子

1991年5月場所の初日、貴花田(のちの貴乃花)と初対戦した千代の富士は、この取組の2日後、「体力の限界…。」のひとことだけを残して土俵を去ります。


・表現部門・銀賞 紺ブレ
受賞者:自称紺ブレ着こなし自慢代表

コンサバ系ファッションの代表として人気を集めた紺のブレザー=紺ブレ。この年の3月にスタートしたドラマ「東京ラブストーリー」での赤名リカ(鈴木保奈美)の着こなしが人気を集めました。が、改めて見返すと、そんなに紺ブレ着てないんですよね…。
それにしても受賞者の「自称紺ブレ着こなし自慢代表」って誰だよ!(たぶん鈴木保奈美に断られたんでしょうね)


・大衆部門・金賞 「僕は死にましぇ~ん」
受賞者:武田鉄矢(俳優)

説明不要ですね。ドラマ「101回目のプロポーズ」最終回の視聴率は36.7%を記録しました。「あなたが好きだから!!」以降のセリフがアドリブだった、というエピソードはもう聞き飽きました武田鉄矢さん。


・大衆部門・銀賞 ダダーン ボヨヨン ボヨヨン
受賞者:松浦義二(ピップフジモト〔株〕代表取締役社長)

現在ならネットで炎上必至のセクハラCM(振付は指パッチンでおなじみのポール牧)。四半世紀前、まだお茶の間はおおらかでした。企業のCMから派生した言葉が新語・流行語大賞に選ばれるのは、意外にもこれが初めてのことでした。ちなみに出演した女子プロレスラー、レジー・ベネットは現在、ルイジアナ州のホームセンターに勤務しているそうですよ。


・大衆部門・銅賞 ダンス甲子園
受賞者:日本テレビ『天才たけしの元気が出るテレビ!!』

この年の10月7日「L.L. BROTHERSのテーマ」でCDデビュー。「ダンス甲子園」が、そもそも彼ら2人を売り出すための企画だったことを知るのは、ずっと大人になってからのことでした。

ダンス甲子園おまけ。

メロリンQ、そしてストロベリーQこと山本太郎さん(当時16歳、現・参議院議員)初登場。当時のグループ名は「アジャコング&戸塚ヨットスクールズ」。当時からポリシーを感じさせるふるまいです。


1991年末の日本の空気はいかがでしたでしょうか。
一般にバブル経済のピークは、日経平均が過去最高の3万8915円をつけた1989年末とされることが多いですが、生活者の実感はちょっと違います。

たとえばのちに“バブルの象徴”として揶揄されることになるディスコ、ジュリアナ東京のオープンは1991年5月15日。すでに株価は大きく下落していましたが、人々はまだまだジュリ扇片手にウォーターフロントへ殺到していました。

前出のドラマ「東京ラブストーリー」の第1話で描かれたのは、上京した若者たちの、つつましやかな同窓会でした。愛媛から来たばかりのカンチ(織田裕二)が高校時代の同級生、さとみ(有森也実)と再会したのは、渋谷に実在した割烹料理店 龍飛(たっぴ)。バブルに浮かれる東京の空気になじめない二人は、鍋をつつきながら急速に距離を縮めます。グルメブームからの反動で「もつ鍋」が新語・流行語大賞(銅賞)に輝くのは、翌1992年のこと。

1990~1992年は、金融界の厳しい状況をよそに、日本の誰もが「まだ大丈夫」「もう大丈夫」と根拠のないカラ騒ぎを続けていた、もっとも飛沫感が漂う時代です。これからもこの時代を、この21世紀から生暖かい目で研究していきたいと思います。


(バブル時代研究家 DJGB)


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