どうも服部です。昭和の動画を紐解いていくシリーズ、今回はアメリカ海軍フィルムの「Interviews Of Tokyo Rose, 09-09-1945(東京ローズへのインタビュー1945年9月9日)」というタイトルの映像を紹介したいと思います。

東京ローズ」とは、太平洋戦争中に日本が連合国側に向けて放送していたラジオ番組(日本の優位性を拡張して伝えたプロパガンダ的な番組)に登場する女性アナウンサー(たち)のことを指し、米軍兵が名付けた愛称でした。

太平洋戦争を題材にした映画や小説などエンターテインメント作品や、戦争ドキュメンタリー番組で度々取り上げられているので、ご存じの方も多いのではないでしょうか。

「ゼロ・アワー」というのが正式な番組名で「ラジオ・トウキョウ放送(現・NHKワールド・ラジオ日本)」が放送していました。1943年(昭和18年)3月に始まり、驚くことに終戦の前日、1945年(昭和20年)8月14日までやっていたようです。

番組内容は、日本軍の捕虜となった米軍兵らが連合国軍兵士に向けて呼び掛けるというのがメインだったようですが、人気だったのは、女性アナウンサーが魅惑的な声で連合国軍兵士を茶化すという「東京ローズ」の登場場面だったようです(内容にトゲがあるところから、ローズ《バラ》と呼ばれるようになったとか)。

美しい声の女性に挑発的なセリフを言われるという、女性色のまったくない当時の軍隊にとっては、送り手側の意向とは裏腹にご褒美(個人的な解釈です)になってしまっていたのかもしれません。どうあれ放送を楽しみにしていた米兵は多かったようで、G.H.Q.の最高司令官ダグラス・マッカーサー元帥も番組を聴いたことがあったと記録に残っているそうです。

その「東京ローズ」へインタビューするというのが、今回紹介する映像の内容です。早速見ていきましょう。

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動画が始まると、日本人らしき女性と男性が向かい合って立っています。英語で「彼の着ている制服についてなど話してみて」と指示のような声が入ります。女性は日本語で話し出します「毎日ご苦労様ですね」、男性「いや、お互い様ですよ」。

と、そこへ米軍の水兵らしきがやって来て、日本人男性に向かって敬礼します。男性も敬礼を返します。水兵は日本人男性に「日本の着物が売っているところを教えてほしいのですが」と英語で聞いてきます。でも日本人男性は口を開かず。どうやら英語が理解できないようです。

それを見ていた女性が口を開きます。「お手伝いしましょうか? デパートが2ブロック先を左、その次のブロックを右に行った所にありますよ。そこへ行けば日本製品が買えるはずです」。水兵「英語、お上手ですね」。女性「ありがとうございます」。水兵「なんだか聞き覚えがある声だな」。女性「船中で聞かれて覚えているのではないですか?」。水兵「船中で? え……東京ローズ? ありがとうございます」と、水兵は去って行きます。

これが現実のことなら、ステキなお話ですが、どうやらこのシーンはアメリカ海軍の撮影部隊の演出によるもののようです。なぜなら、この映像はその後同じ場所、同じ登場人物でさまざまなテイクが撮られているからです(後述)。

ただ「東京ローズ」については、本人でした。実際には東京ローズは、複数の女性が担当していたようですが、名乗り出たのは、ここに映っている「アイバ・戸栗・ダキノ」さんだけだったのです。タイトルにある日付(1945年9月9日)がこの映像が撮影された当日だとすると、占領軍が日本本土に上陸開始したのが8月28日なので、わずか12日後。いかに米国が東京ローズを探すのに必死だったかがうかがえます。

では、テイクの続きを見ていきましょう。

・テイク2
途中まではテイク1とほぼ同じですが、「船中で?」という水兵のセリフのところから少し引っ張り、「おっと分かったぞ……ラジオ?」「そうです。東京ローズです」とアイバさんが名乗り出る形になりました。

・テイク3
水兵の質問がやや詳細になります。水兵「ガールフレンドに贈る服(着物ではなくなってます)を買いたいのですが、デパートに連れて行ってもらえませんか?」と男性に英語で聞くと、男性もセリフが入り「分かりません。ことばが通じません、分かりません」と日本語で返答します。そこでアイバさんが助太刀に入ってくるのは変わりませんが、水兵のセリフが変わりました。水兵「どこかで以前お話ししましたっけ?」、アイバさん「船中で声を聞かれたのかもしれませんね」、水兵「船中で? ラジオ?」、アイバさん「そうです」、水兵「そのラジオって……」、アイバさん「東京ローズよ」。水兵は驚き「あなたが東京ローズ!? 2年から3年の間、ステキな娯楽番組で水兵や海兵隊、GIを何度も楽しませてくれたね。キミはカリフォルニア出身の可能性ってありますか?」、アイバさん「そうです」、水兵「(カリフォルニアの)どこ?」、アイバさん「ロサンゼルスです」、水兵「そうですか、僕もなんだ。ありがとう。2ブロック先を右、1ブロック先で左だね?」、アイバさん「その通りです」。

テイク2よりも間が延びてしまったような気もしますが、米兵たちが東京ローズをいかに楽しんでいたかが伝わってきました。さらにアイバさんの出生についても触れています。アイバさんは、映像で答えているようにロサンゼルスで1916年(大正5年)に生まれています。ずっとアメリカで育ちますが、1941年(昭和16年)に親戚の見舞いで来日(アイバさんは日系アメリカ人)、その年の12月8日に真珠湾攻撃があったため帰国することができなくなり、日本で終戦を迎えることになったそうです。この来日が彼女の人生をガラリと変えることになるとは……。

・テイク4
日本人同士の会話も若干変化しています。男性「これからどちらへ出られますか?」、アイバさん「わたし? 今日はわたし、別に用はない……」と、そこへ水兵登場。同じようにデパートへ連れて行ってくれないか頼みますが、カットになります。水兵の立ち位置が後ろ過ぎたようです。

・テイク5
水兵が求めるものが着物に戻りました。アイバさんが船中で声を聞いたのではと言った後の水兵の返答も少し変わり、水兵「船中? どのラジオかな?」とあっさりラジオの声だと結びつけてしまいました。アイバさんが嬉しそうに「東京ローズです」と答えると、水兵「それは興味深い。ところでカリフォルニア出身の可能性ってあります?」、アイバさん「そうですよ」、水兵「どこの?」、アイバさん「ロサンゼルスです」。

米兵たちが東京ローズを楽しんでいたというくだりはカットされてしまいました。水兵の東京ローズに出会えた興奮も少し抑え気味になったようです。

・テイク6
このテイクから日本人男性の姿は映されず、アイバさんと水兵だけがアップになっています。冒頭の日本語での会話シーンもなくなり、男性が返答するシーンでもカメラは男性を捉えません(涙)。会話の内容はほぼテイク5と同じです。が、近くで赤ちゃんが泣く声が入ってしまっています。

・テイク7
テイク6と同じアングルです。アイバさんが助太刀を入れるシーンで、何やら指示が入り終了。

・テイク8
アングルも会話の内容もテイク6とほぼ同じです(日本人男性の返答はなくなった?)。アイバさんが「東京ローズです」と答えた後、水兵は「何度も聞いています」というセリフが加わったようです。



「水兵が偶然にも東京ローズに出会ったぁ~」というシーンは、テイク8で終了になったようで、場面が変わります。アイバさんが単独で映り、インタビューが始まります。10分13秒ある映像のうち6分53秒目からです。

ラジオのオープニングの定番セリフを言わされるところから始まります。男性のインタビュアーとマンツーマンのようです。男「米海軍で『東京ローズ』として知られていたあなたのことをもう少し教えてくれませんか?」、アイバさん「何を話せばいいのですか?」、男「どこから来ましたか?」、アイバさん「カリフォルニア州のロサンゼルスです」、男「おいくつですか?」、アイバさん「29歳です」、男「東京にはどのくらいいますか?」、アイバさん「えーと、4年です」、男「戦争が終わって、日本人としてもアメリカ人としても嬉しいのではないですか?」、アイバさん「そうですね」、男「ありがとうございました、東京ローズ」。

え? それだけ? というぐらい簡単なインタビューでした。ただ、こちらも何テイクか撮っているようです。

・テイク2
出だしのセリフを言ってやり直し。

・テイク3
今度はインタビュアーが質問に入ろうとしたところでやり直し。

・テイク4
ようやくインタビューは最後まで行きます。質問と答えはほぼ最初と同じですが、「ロサンゼルスではどこの学校に行ってましたか?」という質問が付け加えられました。

・テイク5
テイク4までと比べ、アイバさんがさらにアップで映されます。追加された質問は「務めてる放送局は?」、アイバさん「ラジオ・トウキョウです」、「アメリカの放送局では?」、アイバさん「ないです」、「結婚してますか?」、アイバさん「はい」、「いつ結婚されましたか?」、アイバさん「3ヵ月ほど前ですかね」、といったところでした。

アイバさんは、同年7月に同じく日系人(ポルトガル人)の男性と結婚したばかりでした。最後はカメラに向かってにっこり笑ってというお願いに応えてくれたアイバさん。これにて映像は終了します(この後は映像管理者のメモコメントが挿入されています)。

米軍を楽しませてくれた存在として、戦後間もなくは持てはやされたアイバさんでしたが、国籍を替えることをせずにアメリカ人として日本の戦争を幇助したということで、国家反逆罪で戦争犯罪人が収容されていた巣鴨プリズンに入れられます。

日本ではすぐに釈放されたものの、米国に帰国後に再び国家反逆罪で起訴されると、禁固10年と罰金刑の有罪となります。1977年に特赦で国籍を回復するまで約30年間はアメリカの市民権も剥奪されました。来日がもう少し早く、日本軍の真珠湾攻撃前に帰国できていたなら、こんな目に遭うことはなかったと思うと、運命の残酷さを感じずにはいられません。アイバさんは2006年9月26日に90歳で生涯の幕を閉じました。

(服部淳@編集ライター、脚本家)


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