観る将(プロ棋士の対局を観戦して楽しむ)や撮る将(プロ棋士を撮影して楽しむ)など、ファンのすそ野が広がる将棋界。こういった新しいファン層から注目を集めているのが、棋士が対局中に食べる“おやつ”である。

江戸時代から続く称号を争う「名人戦」をはじめ、将棋界には数々のタイトル戦が存在する。そこでは丸1日、または2日間にわたって一局の将棋を指すため、昼食と夕食時に休憩が設けられている。しかし、おやつ休憩はない。

おやつは戦いの真っ最中、午後3時ごろに対局室へと運ばれる(午前と午後に計2回用意されるタイトル戦もある)。真剣勝負の緊迫した雰囲気とケーキなどをもぐもぐと食べる棋士のギャップにファンは萌えるのだ。


|タイトル戦史上に残る、大量のおやつ事件とは?

対局中におやつを食べる理由は、糖分を補給して長時間にわたって深く考え続けるため。マラソンランナーが走行中に水分を補給するようなものだ。

また、タイトル戦は著名な旅館やホテルで行われており、会場側から対局者へのもてなしとして用意される面もある。実際、今年の「棋王戦」第2局では担当者が気を利かせすぎてしまい、対局者が注文していないおやつが大量に用意された。

たとえば、午前10時のおやつで渡辺棋王が注文したのはプリンとアイスコーヒー。しかし、それらのカロリーを上回るクッキーの盛り合わせがついてきた。羽生名人にいたっては、コーヒーのオーダーに対して、クッキーの盛り合わせとフルーツの盛り合わせがついてきたのだ(もちろん朝食はすませている)。

午後3時のおやつでは、両対局者に再びクッキーの盛り合わせとフルーツの盛り合わせをサービス(渡辺棋王はガトーショコラとコーヒー、羽生名人はプリンとレモンティーしか注文していない)。この過剰なもてなしはネット上でも話題になり、タイトル戦史上に残るおやつ事件といわれている。


|渡辺棋王の新手筋「モンブランを頼んで栗を残す」

タイトル戦に出場する棋士は勝負に集中しているため、おやつにこだわるケースは少ない。しかし、羽生名人に勝ち越している渡辺棋王は大のおやつ好きで有名だ。自身のブログにも「3時のおやつは何よりも楽しみにしているので、廃止にされては困る」「おやつのケーキはどうしても食べたいので、昼食量を減らすしかない」と記している。

同氏は2006年の「竜王戦」において、自身が注文したモンブランが誤って配膳され、対戦相手に食べられてしまう屈辱を味わった。そして3年後の竜王戦。再びモンブランを注文し、栗だけを残して食べるという不可解な行動をとる。栗は苦手なのに、どうしてもモンブランが食べたかったのだ!


|コンビニや洋菓子メーカーがおやつのスポンサーに

おやつに対する注目度が高まるなか、2014年に棋界初の“おやつスポンサー”が誕生した。プロ棋士とコンピュータソフトが対戦する「電王戦」においてローソンがスポンサーとなり、同社の「ウチカフェスイーツ」を対局者らに提供。棋士がおやつを食べる姿がニコニコ動画で生中継され、同じものを食べたいと思ったファンも多いだろう。

また、同年より洋菓子メーカーのブールミッシュが「棋聖戦」のスポンサーとなり、対局者におやつを提供。今年は対局が行われる地域の特産品を使ったオリジナルスイーツを開発し、一部の店舗で限定販売を行っている。

さらに、パッケージに詰将棋の盤面が描かれた商品をネット販売。「詰将棋の正解を応募すれば、タイトル保持者のサイン色紙などが抽選で当たる」という将棋ファンの心をくすぐるキャンペーンを展開している。

【棋聖戦限定パッケージ】ガトー・ボワイヤージュ 8個入り
「詰将棋」が描かれたブールミッシュの洋菓子


|将棋番組の人気コーナーは棋士による“食レポ”

現在、将棋タイトル戦のほとんどがニコニコ生放送で中継されているが、盤面の解説だけでは長時間にわたって視聴者をひきつけられない。そこでメールで寄せられる質問に解説者が答えたり、視聴者アンケートを行ったりして飽きさせない工夫をしている。そのなかでも人気のコーナーがおやつの“食レポ”だ。

これは対局者と同じおやつを解説者が食べて、そのおいしさを言葉と表情で伝えるもの。甘いものが好きな女流棋士の得意分野だが、男性棋士も上手なレポートを行っている。その代表格が昨年にタイトルを獲得した糸谷竜王だろう。


|おやつを知れば、将棋観戦がもっと楽しくなる

たとえばモンブランを食べるときはケーキの断面をカメラに向けて、クリームとスポンジの関係性を明示。「クリームの栗の味が口のなかで花開く」「濃厚なのにしつこくない」といったタレント顔負けのフレーズを連発した。その一方、無言で一心不乱にお菓子を食べ続ける田村七段も人気を集めている。

このように“おやつ”という切り口だけでも、さまざまな視点から将棋観戦を楽しむことができる。「対局はしないが、棋士に興味がある」という人は、まずは3時のおやつに注目してほしい。

(高橋 雄輔)