どうも、服部です。映画「ALWAYS 三丁目の夕日」や、その続編「ALWAYS 続・三丁目の夕日」の頃は本当に良い時代だったのか、当時のニュース映像で検証した「昭和30年代の日常まとめ」シリーズの第4弾です。

今回は昭和30年代を語る上で忘れてはいけない「売春防止法」をメインに書いていきたいと思います。

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●そもそも「売春防止法」ってなに?【ご存じの方は、次の見出しまで飛ばし読んでください】

日本では江戸時代から公娼というものがありました。公娼とは公(おおやけ)に営業を許可された娼婦のことです。江戸の吉原、京の島原、大阪の新地には、公娼を集めて塀や堀などで囲った遊郭という区画が設けられました。
※遊郭以外にも公娼が集まる場所はありました。

明治時代に入って公娼を廃止しようという動きもありましたが、公娼に頼って生活している人が多く、また無理に廃止に追い込んでも影に隠れて営業を続けていけば、取り締まる側としてはより大変になるだけです。公娼の立場が少し優遇されるなどはありつつも、制度自体は廃止されるには至りませんでした。

時代は飛んで第二次大戦終了後。GHQ(連合国の占領軍)司令官から公娼制度廃止を要求され、ようやく昭和22年(1947年)に名目的には廃止されます。

ところが、連合国軍兵士らによる一般女性への性犯罪の抑制などを目的に、実際には警察も公認で売春が行われ続けていた地域がありました。赤線地帯と呼ばれるエリアです。警察の地図には、売春を目的とする特殊飲食店の集まっていた地域を赤い線で囲んでいたことからこう呼ばれたのだとか。

この赤線地帯を廃止するための法律が、「売春防止法」でした。施行は昭和32年(1957年)4月1日に、1年間の猶予が与えられ、完全施行は昭和33年(1958年)4月1日からとなりました。



●「売春防止法」を描いた映画たち

「売春防止法」をめぐっては、汚職事件があったり、売春から解放され喜ぶ娼婦がいる一方、生きていけるのか不安な娼婦らもたくさんおり、とてもドラマティックでありました。その内容は、黒澤明、小津安二郎、成瀬巳喜男らと共に日本映画の巨匠の一人にあげられる溝口健二監督の遺作映画となった「赤線地帯」にも描かれているので、興味がある方はぜひご覧になってください。

他にも「ALWAYS 三丁目の夕日」をもじった「ALLDAYS 二丁目の朝日」というタイトルの、東京の「新宿二丁目」が「赤線地帯」から「オカマ、ゲイの街」へと変貌を遂げていく様を描いた映画も興味深いです。




●追い込まれた売春地帯(昭和32年)

前置きがものすごく長くなりましたが、ここから当時のニュース映像を用いて見ていきましょう。ニュースタイトルは「追いこまれた売春地帯」です。

昭和32年12月、売春汚職で逮捕されていた自民党の代議士が2名、東京・小菅の東京拘置所から保釈されてきます。「どうやら売春汚職の総決算はずっと手間取りそうです」とナレーションが入ります。

この「売春汚職事件」はなにかというと、「売春防止法」の成立阻止のために、先述の赤線地帯の業者らが政治家に賄賂を贈った事件のことです。

Wikipediaによると、「政治家と赤線業者による贈収賄捜査の裏で、検察内部の派閥抗争が絡み、マスコミまでを巻き込んだ大事件へと発展した」という、ものすごく奥深い事件になっていくのでした。



ところ変わって、大阪・飛田の赤線地帯にほど近い商店街です。

地元の人々は昼間から横行する客引きを追放しようと、のぼりを作って協力を呼び掛けたり……、屋根からこっそり現場を撮影して警察の取り締りに協力しようとしています。しっかりと現場を捉えた写真(冒頭の画像)も撮れていました。

それでも、しつこい客引きの姿は後を絶たなかったそうです。



次は東京・浅草です。警官たちがなにやら急ぎ足でどこかへ向かっていきます。「青線地帯」の手入れが行われているのだそうです。

ちなみに「青線地帯」とは、飲食店の営業許可しか持っていないのに売春行為を提供している店が点在する地区のことで、赤線とは違いこの時点でも完全に違法です。「赤線地帯」同様に、警察の地図に青い線で囲われていたことからの名称。Wikipediaによると「東京では新宿歌舞伎町があり、その一部は現在の新宿ゴールデン街である」とのこと。

捜査員が踏み込んでいくと、布団に入っている男女らしき姿が。

捜査員の車に連行されようとして、腕を振り払う娼婦の女性。「いかがわしい安宿に巣くって、いまだにどん底の生活から抜けきれない女たち」とナレーションは語りますが、他の職に就こうにも就けず、彼女たちも生きていくために必死だったのでしょう。

そして翌年、昭和33年4月1日には、予定通り「売春防止法」は施行されます。
その後、売春がなくなったかは、あえて述べるまでもないでしょう。



いかがでしたか? このような“時代の犠牲”を払いつつ、日本は日々良くなっていったんですね。引き続き、昭和時代の日常について紹介していきたいと思います。

(服部淳@編集ライター脚本家)

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